11 Dec. 2007 (Tue.)

プノンペンのにおい。
3ヶ月ぶりかぁ。
何もかわってないな。
赴任当時のことを思い出す。
日本とは何もかもが違う眺めに圧倒されていたっけ。
そういえば,バンコクの空港も相変わらずだった。
鉄腕に反応して「ピピピピー!」とすごい音が鳴った。
にもかかわらず,「手術して・・・」と言いかけると,「OK!」と通された。
適当すぎでウケる。

健康管理員と調整員。
空港まで迎えに来てくれていた。
「どこが完治やねん!大嘘つきやん!!」
いまいち動かない左腕を見て健康管理員に突っ込まれる。

ドミに着いたのは21時。
同期隊員が,仕事が終わってすぐに駆けつけてきてくれた。
一緒に訓練を受けていた頃の彼とは別人のようだ。
カンボジアでの1年でかなり大きくなっている!
負けちゃいられん!

結局1時まで,3ヶ月間に起きた色んなことを話してくれた。
日本時間だと午前3時。
寝よう・・・。
[ 2010/07/07 20:11 ] 日記 2007 | TB(0) | CM(0)

10 Dec. 2007 (Mon.)

別れはきらい。
大きらい。
何度繰り返しても,これだけは慣れない。
こんなことなら,いっそ行くのをやめようか。
出発のときにはいつもそう思う,へなちょこ千草。


この3ヶ月。

素敵な新しい出逢いが山ほどあった。
成長した子どもたちと再会することもできた。
どんなときも見守ってくれる大好きな人たち。
みんなとの絆を思いっきり感じた。
シアワセだなぁ~って,毎日毎日,瞬間瞬間に感じていた。

世界中の子どもたちが少しでも平等な教育を受けられるように。
世界中のみんなが私と同じように幸せって思えるように。

そう願って勢いよく飛び出した1年前。

今は,そんな大それたことを考えてはいない。

カンボジアのみんなに早く会いたい。
私を待ってくれている人たちとシアワセな時を共有したい。

ただそれだけ。

素朴な生活の中で,生きることの喜びを教えてくれた。
同じ目標を持ってみなで創り上げていくことの素晴らしさ。
カンボジアの人たちに学んだことがいっぱいだ。

離れてみて,改めて思う。
カンボジアの人たちが大好き。


もっともっと。って思う。
まだまだこれからだ。

千歳空港。
またしても両親との別れ。

母と語りまくった2週間半の日々。
離れていた9ヶ月間にお互いに起こったこと。
ヒトについて,生き方について,未来について。
顔を合わせるたびにとにかく話した。
言葉にできない想いを全部わかってくれた。

父のあったかい胸に抱きしめられ。
一年分の充電をする。

飛行機の中。

人騒がせなドジ事故による不本意の強制送還。
こっそり入院してこっそり戻るつもりだったのに。
しょうもない一時帰国を,こんなにも貴重な時間にしてくれた。

関わった人たちの顔を思い浮かべる。
私を大きく変えてくれた人たち。

東京。
日本最後の夜は弟と一緒。
最初のときとおんなじ。
いつも泣きながら旅立つ姉を送り出さなきゃいけない。
弟ってのも大変だ。
[ 2010/07/07 20:10 ] 日記 2007 | TB(0) | CM(0)

9 Dec. 2007 (Sun.)

昼。教え子の家でのパーティーに呼ばれる。
10人の子どもたちと保護者も数名集まっていた。
嬉しいひととき。
また成長したみんなに逢える日が本当に楽しみだ。

夕方。
家に戻る車の中,リハビリのボスから電話が。
今芦別だ。と。
へ??
家の裏にいるから。って。
裏の通りに出てみると…ホントにいる!!
「カンボジアで何が必要かわかんないけど。
これは役に立つかと思って。」
そう言って,取り出したのはパソコンのハードディスク。
わざわざ買って札幌からやって来てくれた。
「月に一度,腕の上がり具合を写真に撮って送りなさい。」
最後にそう念を押された。

家に戻ると祖父母が。
「行かないで~!」と泣いていた1年前を思い出す。
今夜も泣いていた。
でも、「頑張っておいで!」と力いっぱい抱きしめてくれた。

元気でいてほしい。
1年後,元気なパパとママに会いたい。
どうかどうか,健康でいてくれますように…。
[ 2010/07/07 20:09 ] 日記 2007 | TB(0) | CM(0)

8 Dec. 2007 (Sat.)

午後,弟と滝川へ。
カンボジア人たちがホームステイ前に滝川訪問。

通訳のお手伝いを頼まれる。

ホテル三浦華苑に一泊という一行。
急遽,30人分のお惣菜の買い出しを頼まれる。
カンボジアの先生3人を乗せて,弟も一緒に5人でダイエーへ。

日本人はもの珍しそうに私たちを遠目で見る。
それもそのはず。
コンポンチャムのロックルー。
マフラーの代わりにバスタオルをクビに巻いている。
まるで風呂上りのおっさん。
買い物かごのカートを片手でグルグル引っ張り回す。
ネアックルーたちは長靴の底のスパイクをカチャカチャ鳴らして喜ぶ。

お惣菜売り場のから揚げの試食。
「タダだから食べてごらん。」
最初は恐る恐る食べる。
2,3個つまんだところまでは見ていた。
ダイエーには白飯が売ってない。
カンボジア人は白飯がないとやってけない。
弟に頼んで,大至急お弁当屋さんで買ってきてもらうことにした。
振り返る。
試食のから揚げが…ない。
ケースにてんこ盛りだったはず。
全部食べた…らしい。
「いや~。うまかった。しかもタダ♪日本はいいなぁ!ぐわっはっは!!」

面白すぎる。

買い物は1時間以上かかった。
「これは何?」「あれはどうやって使うの?」「これは幾ら?」
ありとあらゆる商品を手にとって質問攻め。

車の中。
「こんな氷だらけの道を運転できるのか!ちぃはすごい!!」
「なんじゃこりゃあ!冷房じゃなくて暖房だってよ~!ぐわっはっは!」
とにかく盛り上がる。

夕飯を一緒にと言われたが。
カンボジア行きの準備を何もしていない。

カンボジアでの再会を約束して別れた。

日本で最高の日々を送ってほしいと,心から願う。
私がカンボジアで経験したのと同じように…。
[ 2010/07/07 20:08 ] 日記 2007 | TB(0) | CM(0)

7 Dec. 2007 (Fri.)

今日は最後の通院の日。

朝,赤平中央中に寄っていく。
元茂尻中の先生方がいっぱいいる。
大量の楽器を集めてカンボジアへ送ってくれた。
どうしてもお礼を伝えたかった。
日本のみんなの協力がなかったら…
ワット・ボーの子どもたちがピアニカに触れることはなかった。

時間がなく,失礼と思いながらもバタバタと出てきてしまった。
任期を終えたらゆっくり伺いたい。

午前の受付に滑り込みセーフ。
レントゲンの先生たちが言う。
「最初の日はヘンなスカートはいて,ヘンな布で腕を吊ってて…
 どこの国の人かと思ったよ。」
「やっと最近日本人っぽくなってきたのにね。
 また外人になっちゃうんだね…。」
「一年後,またかわいい骨の写真を撮ってあげるね。」

「がんばれよ!!」
主治医の先生と握手して別れる。

昼過ぎ。
とりあえず岩見沢へ。
久しぶりにおばちゃんとゆっくり話す。
長い間離れていても,色んなことがあったとしても。
やっぱりおばちゃんはおばちゃんだった。
もう一人の母のような。
親友のような。

夕方。
再び札幌へ。
カンボジア人研修ツアーのお手伝い。
通訳を頼まれていたが。
すっかり忘れたクメール語。
それより何より,私はボンドールに会いに来た!
事故の翌日,朝から晩まで私のそばにいてくれた。
泣きながらお粥を食べさせてくれた。
荷造りをしてくれたのも彼女だった。

リフレ札幌のロビー。
カンボジア人がいっぱいいる。
近くにいた人に尋ねる。
「ボンドール先生はどこですか?」
すると,叫び声が聞こえた。
「ちぃッ!! ちぃの声がするッ!!! ちぃッ!! どこ !?」と。

ボンドールが飛びついてきた。
感動の再会。

お互い,話したいことは山ほどある。
研修が終わってからもロビーでお喋り。

帰宅は夜中の12時。

家に着くと…出迎えてくれたのは…弟ッ!!!

こんにゃろう!!
やっと逢えた!!
[ 2010/07/07 20:07 ] 日記 2007 | TB(0) | CM(0)