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2 Mar. 2007 (Fri.)

日本から送ってもらった11台のピアニカに,クメール文字でドレミを書いた。
マニラボール2枚使って,大きな鍵盤を作った。
ピアニカ指導の大まかな計画も,少しだけできた。
まだまだ不充分すぎるけれど。
これで来週から少しずつ始められそうだ。

『ちぃオフィス』。
扇風機も,本棚もそろえてくれた。
校長先生がPPで買ってきた電子ピアノまで。
鍵盤が少ないので,ショパンやベートーヴェンを弾くことはできないが。
久しぶりに 『猫ふんじゃった』を弾いて遊んだ♪

歌いながらピアノを弾いていると,子どもたちが大勢のぞきに来た。
3~4人しか入れそうにない私の部屋。
全員呼ぶことはできない。
意識して,楽しそうにピアノを弾く。
めっちゃ楽しいんだぞ~!って。
「自分もやりたい」って思わせれば,こっちのモンだ。
どんどん集まり,50人くらいの子が興味津々で外から眺めている。

そうしてるうちに…先生方も集まってしまった。
何人かの先生に,ピアノを少しだけ教えた。
といっても,『ドレミ』の指使いで悪戦苦闘。
階名があることを知らない。
『ド』の位置がわからない。
そういうところから始まる。

指をくぐらせ,『ドレミファソラシド』まで,4人の先生が何とかできるようになった。
「新しいことをできるようになる」ってことが,本当に楽しいようだ。

「ピアニカ一台,持って帰ってもいいかな?」
6年生担任の先生が,真剣に言う。
この「学びたい」っていう意欲。
どこからくるのかな。
大の大人(しかもパパ)が,家でドレミの練習をしている姿を想像する…。

先生方の名前は,まだ半分も覚えていない。
全員と毎日顔を合わすことができないので,すぐに忘れる。

更に…
一ヶ月ごとに,午前と午後の部が入れ替わるらしい…。
今まで,「午前の先生」とか,「午後の生徒」とかって覚えてきた。
昨日から生徒も先生も,午前と午後の部がひっくり返った。
私1人パニくる。

午前の部終了間際,先生方が集められた。
会議室に行くと,子どもも20~30人いた。
特に貧しい子どもたちに,制服やサンダル,文房具が与えられる日。
どこかのボランティア団体からの寄付らしいが,詳しいことは後で校長先生に聞こう。

そこへ,アメリカ人夫婦が現れた。
この夫婦も寄付金をいくらか送ったようで,観光ついでに学校に寄ったらしい。
子どもたち一人ひとり名前を呼ばれて,夫が制服等を手渡す。
彼は,汗を拭き拭き,万弁の笑顔を作る。
子どもの肩に手を回してポーズをきめる。
そして奥さんが,その様子を必死で写真に撮る。
一人ひとりとやるんだから,相当な時間がかかる。
子どもたちは,その度に両手を合わせて「おーくん。」と言わされてる。
そう,「言わされてる」って感じ。
子どもたちに,いつものかわいい笑顔はない。
「Smile!Smile!」と奥さん。
新しい服よ!当然嬉しいでしょ!
とでも言わんばかりに。

善意でしていること。
きっと,貧しい子のために少しでも何かしてあげたいという,優しい心の持ち主なんだろう。
でも…見ていて気持ち悪いのは何でだ?

『支援する側』,『される側』っていう関係はイヤだ。
常に『人』と『人』でいたい。
アメリカ人であっても,日本人であっても,カンボジア人であっても。
望んで貧しい生活をしているわけでもなく。
望んで制服が買えないわけでもなく。
クメール・ルージュに家族が殺されたことも。
内戦が耐えなかったことも。
誰も望んだわけではなく。

逆に,モノがあったら幸せか?と問われたら…どうする?
日本やアメリカのように,モノに困ることのない社会。
一方で,子が親を殺す。親が子を殺す。自分の命を絶つ。
それが幸せな社会といえるだろうか。

裸足で駆け回る子どもたちは,本当に貧しいのか?

彼らは,モノはなくても豊かだと思う。
上手く表現できないけれど,そう思う。
そのことを,私たちは彼らから学ぶべきなんだ。と思った。

これからをより良くしていく方法を,一緒に考えること。
同じ目標をもって交流していくこと。

わたしのここでの活動は,そのようにありたい。
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[ 2010/07/02 21:04 ] 日記 2007 | TB(0) | CM(0)
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