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14 Feb. 2007 (Wed.)

初出勤。
6:30am調整員に別れを告げて,ゲストハウスを出た。
ドミでもらったソンポット。
プサートマイで買った$2.5のシャツ。
昨日買ったチャリ。
リュックに辞書をいっぱい詰め込んで,いざ出陣!

ドキドキしながら校門をくぐる。
みんなの視線を痛いほど感じる。
きっと「変な外人が来た」みたいなこと囁いてるんだろう。
午前の先生方に会うのも初めて。
シャイなカンボジア人。
自分からは話しかけてこないということは,PPでの1ヶ月で学んだ。
言葉は通じるわけがない。
とりあえず,笑顔と元気のよさのみで,みんなに近づくことを今日の目標にした。
警戒しているのか,一見近づきにくく見えるカンボジア人。
でも,笑顔で挨拶すると…とても優しい笑顔が返ってくる。
会う先生方にひたすら話しかけてみた。
つたないクメール語に愛想を尽かすことなく,わかるまで何度も話してくれる。
珍しがって,どんどん人が集まってくる。

6:45am 全校朝会。
約2,200人の生徒と76人の教育実習生,40人の教員。
半分でもすごい数。

7:00am さて,授業でも見に行こうか。
と思ったら,朝食を食べに行くことになった。
校長先生,教頭先生,秘書のおじさんと4人。
近くのレストランへ。

校長先生はこの辺では有名人らしい。
色んな人が挨拶してくる。
その度に,得意げに紹介してくれる。
「日本から来てくれた,ちぃ先生だよ。うちの学校の職員なんだ。」と。
「体育や音楽を教えてくれるんだ。」
「1年後にはうちの生徒たち,みんな楽器が弾けるようになるんだ!わっはっは!」

こんなにも歓迎して,喜んでくれて。
期待に応えられるかしら。
教頭先生は50代の小柄な優しいおばさん。
姿を見かけるたびに,ちぃ,ちぃと言って,腕をつかんでどこにでも連れて歩く。
ゆっくりゆっくり,何度もわかりやすく話してくれる。

子どもたち。
最高にかわいい!!
きれいな目。
真っ黒に日焼けした,傷だらけの足。
この2つが印象的。
まだ,子どもたちには自己紹介していない。
ちょっと警戒している様子。

ゴムとびをしている女の子たちに混ざってみた。
着慣れないソンボットにサンダル。
これじゃあ運動はできない。
子どもたちの真似をしてサンダルは脱いだ。
足の裏が痛くてずっこけた。
子どもたちは大笑い。
一緒に遊んでいる様子を見て安心したのか,どんどん子どもたちが集まってくるようになった。
彼らにとって私は外国人。
外国人はみな英語で話すものだと思い込んでいる。
「アロー!」と手を振ってくれる。
「Hello!」と返すと,「キャー!」と歓声がおこる。

会議室で,教育実習生に講義をしていた校長先生に呼ばれる。
突然の自己紹介。
80人近い実習生たちが,みんな興味津々で見つめている。
現在,カンボジアの小学校教諭は女性のほうが圧倒的に多い。
しかし,教育実習生は男性のほうが多い。
教員の方が,モトやガイドの仕事より地位が高い。
と言っても,教員の給料は月$20~30程度。
もちろん先生方は皆,バイトをしながら生活している。
ガイドだと1日で軽く$20稼げるらしい。

校長先生が,私の歳を当てさせる。
ほとんどの子が18~22歳と予想する。
なんていい人たち♪
その中で1人大きな声で40!という男の子がいた。
どこにもいる,目立ちたがり屋のひょうきん者。

学校にある唯一の楽器1台のピアニカと,日本から持っていったリコーダーを披露させられる。
カンボジア国家と,となりのトトロで拍手喝采。
結構照れるなぁ。

職員室の目の前に,できたてほやほやのバスケのコートがある。
職員室といっても,校長,教頭2人,秘書2人,そして私のデスクしかないが。
夕方,このバスケのコートに,少し大きな子どもたちが集まってきた。
ユニフォームを着ている子もいる。
この辺の中学生かな?
校長先生に聞いてみると,この学校の自慢のバスケチームらしい。
来週,大会でポーサットに行くとか。
明らかに,小学生ではないはず。
んー。よくわからない。
クメール語を理解できていないのか。

練習中も日本人が気になるのか,チラチラとこっちを見ながら回りをウロついている。
「スォスダイ!」話しかけてみた。
照れくさそうな,かわいい笑顔が返ってきた。

お互いに自己紹介。
名前はスィーヤン。歳は17才?
??
学年を尋ねると,3年生と言う。
一緒にいたもう一人の少年。歳は12才。
3年生の同じクラスだと。
2人とも,小さいときからは学校に通えなかったと。
理解した。
日本を基準にしてはいけない。
それぞれに深刻な事情を抱えているらしい。
勿論,彼らにとっては「深刻な事情」なんかではないのだけれど。

放課後,もじもじとスィーヤンが私のデスクに来た。
「ネアックルー,バスケできますか?」
「ちょっとだけね。」
聞くだけ聞いて,恥ずかしそうに,あっという間に外に逃げていった。
そして,外からおいでおいでしてる。
座っているだけで汗だく。
外は灼熱の太陽。
よぉし,やるか。
サンダルを脱いでソンボットをまくった。
明日からはスニーカーにしよう。うん。
シュートを決めるたびに,みんなが拍手してくれる。

日本で三年間勤めたバド部を思い出す。
明日も一緒にやる約束をして帰っていった。

放課後,校長先生のお宅にお呼ばれ。
ホテル街とは違って,静かな場所。
建てたばかりという,大きな新しい家。
門を入ると,畑仕事をしていた奥さんが迎えてくれた。
これまた,チョービーの奥さんに似ている!
優しい笑顔で,ゆっくりゆっくり話してくれるので,とても聞き取りやすい。

「ここはちぃが来たときに貸す部屋だよ。」
と,ベッドのある,大きなきれいな部屋を案内してくれた。
「いつでも泊まりにおいで。」
「ホテルを引き払ってここに住んでもいいんだよ。」
「毎週日曜に来ればいいよ。あ。それより毎週土曜に泊まったらどお?」
「自分の家だと思っていいからね。」
「お腹がすいたら電話してね。すぐに迎えに行くから。」 等々。
2階は間貸しするようにできている。
これから少しずつ家具を揃えていくとか。
「お父さんお母さんが日本から来たら,ここに泊まってもらってね。
あまりいい部屋ではないし,中心部から離れているから不便かもしれないけど。
ホテル代は高いからね。ここを好きに使ってもらってね。」

奥さんは女ばっかりの8人姉妹。
「女ばっかり!?すご~い。」と言ったら,
「兄弟は,みんなポル・ポトに殺されてしまったの」と。
職場の先生にもいた。
家族の写真を見せた際,
「私は,父はいないの。ポル・ポトに殺されたから。」と。
30才の女性。
父親の顔は覚えていないだろう。
私にとっては,本の中の世界でしかない。
ポル・ポトの影がこんな身近なところに。

奥さんはポル・ポトのことをたくさん話してくれた。
「あのときのことは,はっきりと覚えている。」と。
もっともっと聞きたいが,理解力が足りない。
6~7割しか理解できていないだろう。
クメール語が上手くなったら,ぜひもう一度話を聞きたい。

夕飯はクメール風の焼肉屋さん?に連れて行ってくれた。
ホームステイのときと同じだ。
「美味しくないの?」と心配する。
頑張った。
お腹がはちきれそうだ。
帰りに,校長先生の2人の姪のところへ連れて行ってくれた。
旅行会社に勤めている2人は,英語が達者だ。
意思疎通できるって素晴らしい。
きっと,英語で話せる人に会わせてあげようという,校長先生夫妻の配慮だろう。

車の中。
「ちぃには,カンボジアに兄弟ができたからね。
ご両親に,何も心配しなくていいと伝えてね。」
そう言って,『お兄さん,お姉さん,妹』という日本語を覚えてくれた。
兄姉にしてはちょっと離れすぎ??

「明日は泊まりにおいで。」
ホテルの前で,日本語で「おやすみ。」と言って別れた。
2人の優しさに,胸がいっぱいになる。
長い1日だった。
1日で完璧になったセンテンスたち。

「始めまして,日本から来た千草です。ちぃと呼んでください。」
「1月9日にプノンペンに入り,2日前にシェムリアップに到着したばかりです。」
「ごめんなさい。クメール語は日本で2ヶ月間勉強しましたが,ほんのちょっとしか喋れません。」
「カンボジアの人たちはとても親切だし,クメール料理はとても美味しいです。」
「私はカンボジアが大好きです。早くアンコールワットが見たいです。」

今日,何十回言ったことか!
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[ 2010/07/02 16:15 ] 日記 2007 | TB(0) | CM(0)
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