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12 Feb. 2007 (Mon.)

遂に任地に入った!
シェムリアップ☆

朝,調整員,ボーリンさん,サマンさんのお迎え。
8:30am ドミを出発。
いつものように,プノンペンは交通渋滞。
高級車。
運転席の上にまで労働者を乗せたポンコツトラック。
5人乗りのモト。
シクロ,自転車,人,移動屋台。

砂埃と排気ガスで空気が茶色。

シェムまでは,バスだと6~7時間。
サマンさんがぶっ飛ばしてくれるので速い速い。
ずっと,20~30㌔の世界だったので,80㌔も出されるとメチャクチャ怖い!

11:00am コンポントムに到着。
みんなでお昼ご飯。
食中毒後,初のクメール料理。
ちょっときびしい…。

大爆睡をぶっこいて,15:00pm 過ぎにシェムに入った。
すぐに教育局へご挨拶。
その足でワット・ボー小学校へ。
サマンさんが近道をしようとして迷子に。
道中,何度もボーリンさんの携帯が鳴る。
校長先生が待ちくたびれているらしい。
来たッ!
ワット・ボー小学校に到着!
ミーティングルームへ通された。
ボーリンさんが興奮して何か言っている。
正面の壁一面の板に,きれいにレタリングされた文字で何か書いてあるらしい。
英語で言ってもらった。
「ようこそワット・ボー小学校へ。遠い日本から来てくれたことに心から感謝します。」
みたいなことが書いてあるらしい。

校長先生の登場。
ニコニコ笑顔がまぶしい!

先生が何人か入ってきた。
1人,また1人…。
途切れることがない。
ん?
もしや…?
あっという間に40人。
午後の先生方が全員集まった!
ん?
授業中では??
校長先生が,ジョークを交えながら紹介してくれた。
「冗談ばっかり!!」
と教頭先生に注意されていた。
「誰も知らない国に来て,どんなに不安なことか。
笑って少しでも緊張が解けたらいいじゃないか。
ほらほら,先生方もみんな笑って!!」

なんてあったかいんだろう。

3週間ほど前に,校長先生は生徒一人を連れて日本にホームステイしたらしい。
岡山県の国際交流。
日本語がゼロ,英語もゼロに近い校長先生。
言葉の通じない心細さや孤独感を痛感してきた。らしい。
私にはそんな思いをさせたくないと。
事前に先生方に「こんにちは」を教えていたらしく,みんな「こんにちは!」と挨拶してくれる。

自己紹介。
どうしても言わなくちゃいけないと思っていたこと。
「私は,日本のやり方を押し付けに来たわけではありません。
先生方の方がベテランだし,教えてもらわなくちゃいけないことの方がきっと多いと思います。
カンボジアのことを勉強し,どんなやり方がいいのか,先生方と一緒に考えていきたいと思っています。」 等々。
…クメール語では伝わりそうにない…。
ほとんど英語で言って,ボーリンさんに助けてもらった。

夜,みんなでお食事会。
教育局の副局長,校長先生,教頭先生,秘書のおじさんたちとJICAの3人。
校長先生は,心配そうにじっと私を見ている。
目が合うと,にっこり笑顔で,「うん,うん。」とうなずいてくれる。
どんなに私が来るのを楽しみにしていたかを,延々と話してくれる。
すぐには期待に応えられそうにない。
言葉の問題がある。

ボーリンさんがいる間に言っておかないと。
「始めのうちは,まず,他の先生方の授業をじっくり見てまわりたい。
申し訳ないが,言葉も全然ダメなので,すぐに何か新しいことをするのは無理だと思う。
最初の1ヶ月,2ヶ月は待っていてほしい。」 等々。
それでも校長先生はとびっきりの笑顔で答えてくれる。
「OK ! OK ! オッパンニャハーテー!」

真剣にクメール語を勉強する気になった。
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[ 2010/07/02 16:08 ] 日記 2007 | TB(0) | CM(0)
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