スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

2011年のできごと その2 … 家族編


- - 2011年 4月下旬 - -

1日に何度もおかしな電話がくる。
繋がったと思ったら切れる。
もしくは無言。
いたずら?
時には電話の向こうから複数の男の声が聞こえたりした。
そしてあるとき,子どもの声が聞こえた。
「ネアッ・・・・チ・・・・」 とかろうじて聞き取れた。
ネアックルー・チィ。
ワット・ボー小の子どもか。
声が遠くて全然聞き取れない。
名前を聞いたら,かすかに
「セィ・・・・」 と聞こえた。

いやな予感がしていた。


その電話の数日後,今度は大人の女性から電話があった。
「セインの母です。」

セイン……ピッセイン!!
約1年前,虐待を受けて家出をしてきた子。
当時,さまざまな問題はあったが,
最終的に実の母親と暮らすことになり,
コンポンチャムへ引っ越していった。  →   (10 July. 2010)
                           (11 July. 2010)
                           (12 July. 2010 前編)
                           (12 July. 2010 後編)

その母親からの電話だった。
「セインがネアックルー・チィと暮らしたいって…
ここのところずっと言っていて。今から連れて行きますから。」
「今どこですか?」
「バスの中です。半分以上は来たから,あと2時間くらいで着きます。」
・・・。
どういうことだ?

去年,セインとの別れ際,こっそり私の写真を渡した。
辛いことがあったらいつでも連絡しなさいと。
写真の裏に電話番号を書いておいた。
ここ数日のおかしな電話…やっぱりセインだったんだ。
何かあったのか。


待つこと3時間。
相変わらずきれいに着飾った母と兄のピッサイが手をつないで校長室に入ってきた。
後ろで下を向いたまま突っ立っている少年。
これがセイン !?
目を疑った。
金髪になった髪の毛。
どよんとした目つき。
以前の面影がない。
たったの1年足らずでここまで変わるものだろうか…。

「セイン!よく来たね!元気だった?」
そう言って抱きしめると,少しだけ目を上げた。
「どうしたの?何かあった?」
「ネアックルーと暮らしたい。」
「え・・・?」
母親の顔を見た。
鋭い目でセインを睨んでいる母親。
「この子はネアックルーにあげます。
全然言うことも聞かないし,手に負えないので。
こんなに悪い子ども,育てられない。
多分頭が少しヘンなんですよ,この子。」

「セイン,コンポンチャムに行ってから何かあったの?」
「ネアックルーと暮らしたい。」
何を聞いても無表情でそう答えるだけだ。

「私はこの子を愛していません。顔を見るのも耐えられない。」
セインの目の前でこの発言。
ひっぱたいてやりたかったが,かろうじて理性が勝った。

その間,兄のピッサイは,これまたセインの目の前で母親にべったりと甘えている。
自分も見放されないようにと,必死で母の機嫌をとっているのだろうか。
母親はピッサイを撫で回す。
見るに堪えない光景。
母親を校長先生に任せて,私はセインを校長室の外へ連れ出した。

1年前,最初のときの状態だ。
セインは完全に心を閉ざしていた。

手を握ろうとして気づいた。
セインの左手,きつく握りしめている一切れの紙。
見てみると…電話番号を書いた私の写真だった。

ずっと持っていたんだ。
助けを待っていたんだ。
それなのに私は・・・。

「セイン,何があった?」
しばらくは無言でうつむいていたが。
「お母さんがいじめる。」
そう,ぽつりぽつりと話し始めた。
かなり時間がかかったけれど,大体,以下のようなことがわかった。

シェムリアップを離れ,母に引き取られてコンポンチャムに行った。
そこでは,母親の新しい男と,その男との幼い子どもが1人待っていた。
この状況は,1年前に母親が話していたのとは全く違っていた。

母と一緒に暮らしたのは最初の3日間程度だった。
セインだけが近くに住む祖母の家に追いやられた。
時々家に帰ると怒鳴られ,ときには殴られた。
この1年間,学校には通っていなかった。
母親は兄だけに制服を買い与えたのだった。
日々,近所に住む飲んだくれの男たちと過ごすようになった。
唯一セインをかまってくれる人たちだった。
時には酒を飲まされた。
汚い言葉をたくさん教えられた。
セインの髪を染めたのもこの男たち。
ここ数日間のおかしな電話。
彼らの電話を借りてかけてきたのだった。

「もう絶対にあそこには戻りたくない」

1年前。
母親と手をつないで。
嬉しそうに手を振っていたセインの姿が思い出される。
心臓のところがズキズキと痛み,吐き気がしてきた。

あの時,母親のウソに気付けなかった…。
あの時,母親に引き渡さなければ…セインをさらに苦しめずにすんだかもしれない。


迷いはなかった。
すぐに書類を作成することにした。
「チィがセインを引き取る。母親は2度とセインの前に現れない。」
そう約束してもらうという旨を校長先生が告げる。
文字の読めない彼女に文書を読んで聞かせる。
母親は明るい表情になってサインした。
校長先生が見届けてハンコを押す。
そして,母親はさっさと立ち上がる。
「お母さんは行くからね。」
セインの背中を軽く叩いて一言そう言っただけだった。
セインは無表情のままだった。

ちょうど授業が終わって,我が家の他の子どもたちが校長室の前に集まってきた。
「もう少しで一緒に帰れるから,ちょっとボールで遊んで待ってて。」
「わーい!」
子どもたちが一目散に校庭に駆けていく。
クーとマッカラーを引き留めた。

「クー,覚えてる?」
セインと会わせる。

「わぁッ!セインだ!!!」
とびっきりの笑顔でクーが叫んだ。

「セイン,このお兄ちゃん覚えてる?」
「クーおにいちゃん…」

「マッカラー,この子,セインっていうの。ボール遊びに混ぜてあげて?」
「はーい!行こう,セイン。」
マッカラーが,腕組みをして突っ立っているセインを引っ張って外へ連れ出した。

クーに事情を話す。
驚きと悲しみの混ざった複雑な表情のクー。
じっと話を聞いていた。
「家族の大事なこと,先に相談せずに決めちゃってごめん。」
「当然だよ。問題ないよ!」
「家に帰ったらちゃんとみんなに説明するから…。」
「ぼく,セイン好きだし。今度は一緒に暮らせるんだから嬉しいよ!」

クーの太陽みたいな明るさと温かさに癒され。
母親への怒りでドロドロしてた心が軽くなった。

子どもたちの遊ぶ姿を遠くから見る。
セインは腕組みをして,無表情のまま。
ボールが転がってきても身動き一つしない。
それでも,他の子どもたちは
「ほら!セイン投げてよ!」 などと明るく声をかけている。

まだ7才なのに…。
セインの心の傷の深さは計り知れない。


私に何ができるかなんてわからない。
子育てになんて全く自信がない。
セインにとって,もっと幸せになれる道があるのかもしれないけれど…。


たとえ何もできなくても。
愛だけは,いっぱいいっぱい注ぎたい。

セインに笑顔が戻ることを。
人を信じて愛せるように。
苦しみを乗り越えて,夢をもって。
なりたい自分に向かって歩いていけるように。

昨年の別れのときも同じことを願った。

過去はもういい。
今がスタート。

ちぃ家族を基地にして。
みんな,安心して。
ただ,おもいっきり笑ってほしい。

そう思った。


こうして4月下旬, 『ちぃ家族』 は7人になった。


にほんブログ村 海外生活ブログ カンボジア情報へ

スポンサーサイト
[ 2011/12/27 23:00 ] 日記 2011 | TB(0) | CM(3)
すごく胸がいたいです。
先進国でも、発展途上国でも
いろんな矛盾の矛先が向かうのはまず、子供や女


その最低なお母さんもどんな成長過程で自分の子供を
そういう扱いする人となっていったのか・・。

なによりも誰かひとりは信用できる大人がいれば
子供は人を信じて成長していけると信じている
私はチィさんの存在が苦しんでも、今は自分で抜け出す
すべのない子供にとってはたったひとつの希望なんだと思います。

セイン君が二度とそのアホなおかあさんの元へ
帰らないですむことをお祈りします。
[ 2011/12/29 23:17 ] [ 編集 ]
ぷみんさま
メッセージありがとうございます。
子どもたちに,もうこんな思いはさせない。
そう思っています。
セインは今,とびっきりの可愛い笑顔をみせてくれるようになっています。
この笑顔を絶対に絶対に守っていきます。
[ 2011/12/30 22:17 ] [ 編集 ]
スナーダイクマエ孤児院も親からの虐待を受けた子供が多いと伺いました。
アンコール小児病院の赤尾和美さんからも似たような話を伺いました。
我が子を虐待する親は最近の日本でも良く耳にするようになりました。
日本とカンボジアとでは生活環境が全く異なるので比較は出来ませんが、共通するのは親の身勝手ですね。
今はとびっきりの笑顔を見せてくれるセイン君。その笑顔の大切さを知る思い遣りのある大人に育って欲しいです。
[ 2012/04/30 22:17 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。