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2011年のできごと その1 … 家族編


もう少しで2011年が終わる…。

何が何だかわからないうちに1年が過ぎてしまった感じ。
そういえば,2月にタエレアンが我が家を去ってから。
全然日記が書けなくなってしまった。

年があけちゃう前に。
この1年の大きな出来事を書いておかなくっちゃ。
あっという間に過ぎた怒涛の日々と自分の心をちゃんと整理しよう。


- - 2011年4月中旬 - -

3人だった 『ちぃ家族』 は一気に6人になった。
里親会の就学支援対象にしていたプー兄弟3人だったが。
里親はまだ見つかっていなかった。

1年生のペイ,6才,男の子。
2年生のマッカラー,8才,女の子。
4年生のペア,10才,男の子。

家庭訪問に行くと,いつも素っ裸の3人。
身体は年齢に対して極端に小さい。
年齢は確かではない。
出生証明書は最近になって適当に作られたらしい。
でも身体が小さいのは,年齢が間違っているとかそういう問題だけではない。
骨と皮しかないその腕を見れば,栄養が足りていないことは明らかだった。

両親はいない。
73才のおばあちゃんと暮らしていた。

おばあちゃんは素敵な人だ。
「孫たちを立派に育てたい。」
その一心で必死に食糧を集める。
年老いた小さな体を酷使し,道端や空き地にはえている草を採ってくる。
自分たちが食べる分を少量確保し,残ったら歩き売り販売。
売る草がないときには町に出て物乞いをすることも。
3人の子どもたちは廃品回収の仕事。
小さな体に大きな米袋を担いで,炎天下,町の中を歩き回る。
そして,僅かなみんなの稼ぎで少量のお米を買う。


4月,一時帰国から戻り,久しぶりのプー家の家庭訪問。
おばあちゃんは体調を崩していた。
最近よくあることなのだが,今回は2週間も寝込んでいるらしい。
子どもたちに聞いてみた。
「毎日何を食べていた?」
「塩とお粥。」 マッカラーが答える。
「毎日?」
「うん。」
「1日何回?」
「1回。」
・・・。
「お腹すいてるでしょ?」
「いつもね,ぐぅ~~~~ってね,お~~っきなおとがするの。」
ペイがお腹を押さえ,頭をかしげながら答える。
ペイのあどけない話し方にペアとマッカラーが笑った。
が,私は少しも笑えなかった。

「もう体力がない・・・。」
なんとか起き上がって,おばあちゃんが言う。

「しつけどころか,子どもたちに食べるものも与えられない。
 なんて不幸な子どもたち・・・。
 ネアックルー,あの子たちには未来があるのだろうか?」

「大丈夫。おばあちゃんの愛があるからね。しっかり育ってるよ。
 それよりも,いっぱい食べて,早く元気にならないと!」

私にはそんなことしか言えなかった。

その日,とりあえず食料を買って置いてきた。
が・・・。
どうしたらいい?
毎日食料を届けに行くわけにはいかない。
貧困層の家庭ばかりが集まった集落。
1家庭だけ支援するのは難しい。
かといって,全家庭なんてとっても無理だ。


数日後,おばあちゃんが学校にやってきた。
そして,私の手を強く握って話し出した。

「ネアックルー,3人の孫を引き取ってくれないだろうか。」

目にいっぱい涙をためながら,でも,しっかりした口調で。

「私にはもうあの子たちを育てられない。
 いつ死ぬかもわからない,食事もろくに摂らせられない。
 でも,施設にだけは入れたくない。
 手放すなら,どうしてもネアックルーのところに置いてほしい。
 あの子たちにはちゃんと教育を受けさせて立派な大人になってもらいたい。」 と。

おばあちゃんの必死の想いに,胸がつぶれそうに痛かった。
どれほど深く愛しているのだろう。
どれほど苦しみ,覚悟を決めて私に会いに来たのだろう。

おばあちゃんも一緒に家に来てはどうか? という提案はあっさりと断られた。
子どもたちだけで充分だ。
自分一人だったらどうやっても食べていけるから。と。

家に帰って家族会議。
マーリとクーに相談した。

「自分たちがちゃんと面倒見るから,家に連れてきてあげて。」
と,2人は声を揃えて言った。

「ちっちゃいから可愛いってだけじゃないんだよ?
 何もかもゼロから教えなくちゃいけないんだよ?
 一気に3人だよ?
 しかも,私がいないときは2人が面倒をみることになるんだよ?」

「2年前にぼくが来たときと同じだよ。だから今度はぼくが面倒を見る番!」

「クーで慣れてるからね,任せてよ!」

2人のあったかく,心強い言葉。
心が決まった。


夕方,3人の引っ越し。
と言っても荷物はない。
学校の勉強道具が入った小さなボロボロのカバン一つ。
のみ。


夜。
ペイとマッカラーが寝て,ペアとクーとマーリと4人で話をしていた。
何の話からだったか…聞いたわけでもないのに。
ペアが両親の話を始めた。

両親のことは鮮明に覚えているらしい。
ペイがお母さんのお腹にいる頃,お父さんは自分たちを捨てて別の女のところへ行った。
そこにも子どもが何人かいて,その子たちをとてもかわいがっていた。
自分たちは少しも愛されていなかった。

ペアは怒りで声を震わせながら話す。

お母さんはペイが生まれてすぐに死んじゃった。
お父さんのせいだ。
お父さんのせいでいつも泣いていた。
苦しくて死んじゃったんだ。
これまで人に話したことはなかったけど,ずっとお父さんを恨んでいた。
これからもずっと大嫌いだ。
と。

寝床に入っても,しばらく興奮状態で話していた。
そして,大粒の涙を流しながら眠った…。


翌朝,みんなで市場に行った。
買い物リスト。
 1. 下着のパンツ2枚ずつ
 2. 服上下それぞれ2枚ずつ
 3. マッカラーの髪の毛を結うゴム
 4. 歯ブラシ
 5. バスタオル
 6. 石鹸
 7. 荷物整理用の籠3つ
 8. 食器
 9. 巨大鍋
10. 蚊帳とブランケット

市場に着いてから一つ,重要な物を忘れていることに気付いた。
ペタペタとヘンな音がする。
まさか…
3人の足元を見ると…3人とも,裸足…。
日本から送られた靴を支給してあり,学校にはいつもそれを履いてきていた。
ので気に留めていなかった。
「あの靴は学校用だから。普段ははかないの。」 と,あっけらかんと言う3人。
すぐにサンダルを購入。
安いビーチサンダルに大喜び。

とりあえずの物は揃った。
が,大変なのはその後だった。

歯磨きをしたことがなかった。
ので,歯磨きをしたらみんな血まみれ…。

下着を着たことがなかった。
ので,何度言っても服の下にパンツを履こうとしない。

せっかくスプーンをたくさん買ったのに,食事は気づけば手づかみで食べている。

髪を結うためだったゴムは木の枝に結ばれパチンコに変身。

バスタオルは使わずに自然乾燥。

水浴びは文字通り水をかけるだけ。
石鹸で洗ってあげると大はしゃぎ。

沸かした飲み水を用意してあるのに。
放っておくと,断水時用にシャワー室の桶に溜めてる水を飲む。

喜んでいたくせに,外に出るときにサンダルを履かない。
ドロドロの足で家中駆けまわる。

とかとか・・・。

野生でクーに勝てる者はいないと思っていたけれど。
ここにいた。
しかも3人。
クーがとてつもなく大人に見えた。


慌てる必要はない。
先は長い。
ゆっくり一つ一つ教えていこう。
気休めにそう何度も自分に言い聞かせた。

おばあちゃんと話したとき。
人の命を預かることの重さを,またしてもずしりと感じた。
食べさせることはできても,子育てはまるでど素人。
私なんかでいいのだろうか。
しっかり育てられるのだろうか。

でも,覚悟は決めた。

気負わずに,この子たちと過ごす日々から学ばせてもらおう。
一緒に成長すればいい。

もう,私は一人じゃない。
マーリとクーがいる。


とにかく,最初の数週間。
チビたちのとんでもない発言やとんでもない行動。
マーリとクーと私は,目が点になったり大爆笑したり。

今となっては懐かしい…。



そして,てんてこ舞いの日々の中,4月下旬。

もう一人新しい家族が増えることになった。

(長くなっちゃったので続きはまた今度)


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[ 2011/12/27 06:00 ] 日記 2011 | TB(0) | CM(6)
小さな音楽隊を見ました。
こんにちは。25日の放送を偶然見ました。
あなたのような方がいらっしゃったなんて。同じ道内に住んでいて知りませんでした。ごめんなさい。
優しく頑張り屋のチィ先生。。。温かく見守ってくれる滝川のご両親。。。
素晴らしい放送でした。感激しました。
私の町(大空町=旧女満別町)から滝川まで少~し距離ありますが、道の駅によって何か購入してみたいと思います。少~しですが、何かお手伝いがしたい。今そう思っています。(おせっかいにならない程度にネ)
言葉も習慣も全く違う異国の地で、6人の母親として、学校の先生として、言葉にできないご苦労もたくさんあると思いますが、「これからも頑張ってくださいネ」応援しています。
またブログ拝見します。平田拝
[ 2011/12/27 11:23 ] [ 編集 ]
管理人のみ閲覧できます
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[ 2011/12/27 18:40 ] [ 編集 ]
久しぶりですね。
滝川高校で同級生だった横山です。

番組を録画して見ました。

感動したよ。本当に。強烈だった。

言葉がまとまらないさ。

俺にも出来ることあるから少しでも協力させてもらうね。

ちぃちゃん、ありがとう!!

またね!
[ 2011/12/27 22:10 ] [ 編集 ]
平田さま
心のこもったメッセージをありがとうございます。
わたしがカンボジアでやりたいようにできるのは
日本で応援してくれるたくさんの人のおかげです。
そして,カンボジアの人たちの優しさに包まれ,
なんて自分はなんて幸せだろうと思います。
でも,まだまだです。
やりたいと思ってるだけでできていないことがたくさんです。
みんなの気持ちに少しでも応えたく,
これからも最大限努力して参りたいと思います!
道の駅,近くを通りかかったら是非のぞいてみてください。
滝川じゃなくて芦別の道の駅なので…
女満別からさらに遠くなってしまいますか…。
[ 2011/12/28 00:43 ] [ 編集 ]
芦別でしたね><
ご返信ありがとうございました。
親戚が滝川におりまして、何を勘違いしたのか・・・。ごめんなさいm__m。芦別に寄ります。
年末年始はそちらでお過ごしですか?
ありきたりですが、これからもご家族皆さん健康に頑張ってくださいね。
[ 2011/12/29 09:01 ] [ 編集 ]
一生くん
久しぶりです!ってか…卒業以来だよね!
びっくりまくり。

メッセージありがとう。
応援,とってもとってもうれしいです!
まだまだ何もできていない自分を反省し,
もっともっと頑張らなくっちゃって思ってます。

一生くんがあの頃のように元気いっぱいの毎日を送っていること,
カンボジアからお祈りしてるね!

ありがと!
[ 2011/12/30 22:17 ] [ 編集 ]
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