18 January, 2011 (Tue.)

タエレアン。
我が家に来てちょうど1年が経った。

今日,初めて母親がやってきた。



1年前・・・・・・・・・

音楽隊のドラマー,ひょうきんで優しく,人気者の6年生。
いつも元気いっぱい,やんちゃ坊主。
だから,そんな彼がある日突然,
「ネアックルーの家においてください。」
と,真顔で手を合わせたときには驚いた。

理由を尋ねても,話の内容がちぐはぐ。
そして,「お願いします!」 と目に涙を浮かべて訴える。
とにかく家に帰りたくない事情があるようだ。

母親に電話をし,とりあえず1泊していくことに。

夜,タエレアンと2人でじっくり話をした。

話はそこからさらに1年前に遡る。
市場で小さな雑貨屋を営んでいた両親。
家族5人でプノンペンへ仕入れに出かけた帰り道。
眠っていたタエレアンには何が起こったのかワケがわからなかった。
気付くと,運転席が潰れていた。
悪夢をみているようで呆然とした。
必死で自分の頭から流れてくる血を拭い。
よく見てみると…
父親は無残な姿になっていたという。

母親と兄弟は無事だった。
しかし…。
兄と弟3人兄弟,仲のよい両親とのしあわせだった家族。
一瞬の事故によって全てが壊れた。

その後,母親はタエレアンにつらく当たるようになった。
「なぜ,あとのき,気が付いたらすぐに助けを呼ばなかったのか。
父親が死んだのはタエレアンのせいだ。」
精神状態が不安定になったのか。
毎日のようにそう言ってタエレアンを責めた。
一種の虐待が始まった。
他の兄弟2人とは別扱い。
制服も,タエレアンだけ破れたボロボロのが一枚。
教育費もタエレアンにだけ一切使わなかった。
他の2人は塾も行き,文房具も揃っているのに。
母親の機嫌が悪いときには一緒に食事もとらせてもらえなった。
「あんたを見たら吐き気がする」
母親の口癖になっていた。

それが1年続いた。
学校だけが,音楽隊の授業を受けているときだけが唯一幸せなときだった。と。
もう家には帰りたくない…。

泣きじゃくるタエレアン。

後日,母親と話をし,12年生(高校3年)を終えるまで預かることになった。
「旦那が死んでからは家計が苦しいからね。
ネアックルーがほしいなら,この子をあげてもいいんだけど。」
最後に上目使いでそう言った。



それから今日まで。
家族として暮らしてきた。

学校での出来事,友達の話,サッカーの話。
毎日,生き生きと輝く瞳で一日の報告をする。
食卓にはいつも笑いが絶えなかった。
本当に優しく,誰よりも敏感に人の心を汲み取ることができる子。
「ネアックルーもちゃんとしっかりご飯を食べなさい」
「遅くまで仕事しないで,たまにはちゃんと寝ないとダメだよ」 等々。
一番口うるさく私に説教するのもタエレアン。

「ぼくの将来の夢は,ネアックルーちぃと一緒にNGOを作ることです。
ネアックルーの仕事のお手伝いがしたいです。
いろんな問題を抱えているカンボジアの子どもの手助けがしたいです。
だからそのために,中学・高校に行って一生懸命勉強します。」

提出した課題のノート。
小学校卒業の際,担任の先生が見せてくれた。


・・・・・・・・・・・・


そして,今日。
母親がやって来た。
「タエレアンを返してほしい」 と。

働き手が足りない。
もう中学生なんだから仕事も充分できる。
女手一つじゃとても大変。
一人で働くのがどれだけ苦しいか分かるか。
もし自分をかわいそうだと思うなら帰ってきて仕事を手伝って…
そう言ってタエレアンに泣きついた。

「あげる」 とか 「返せ」 とか。
子どもはモノじゃない!

そう叫びそうになったが。
タエレアンの前,こみ上げてくる怒りを抑えるのに必死だった。


昨年の6月,ソッパルが連れ戻されたときのことを思い出し。
胸の苦しさがよみがえる。
ソッパルの将来の夢は 『お医者さん』 だった。
7年生(中学1年)さえも終えることができず学校中退。
父親とともにの土方の仕事をすることになった。
13才の夢は,はかなく消えた。


タエレアンの話はとりあえず保留になったが。
今回もきっと守れない。
せめて,中学卒業まででも預からせてくれないか…。
母親と長い時間話をした。
だが,ゆずる気は全然ないようだ。

NGOでもNPOでもない私。
子どもたちとの暮らしも,問題を抱えている子どもを一時的に保護することも,
個人で勝手にやっていること。
法的に,子どもたちを守る力をまったく持たない。
もし生みの親がいて,「子どもを返せ」と言われたら…

どうにもできない。


「自分の好きなように生きなさい」
「自分のやりたいようにやりなさい」
そう育ててもらった自分の子ども時代と。
子どもが親のために生きるのが当然とされるカンボジアと。


タエレアンは帰りたくないと言う。
ずっとここにいたい。
ずっとネアックルーといたい。
今はここがぼくの家族だから。

まっすぐに私の目を見て。
唇をかみ締めならがら。
振り絞るようにしてそう言った。


でも,泣き崩れる母親を見て…
優しいタエレアン,もし帰らなかったら,一生自分を責めるのではないか。
これは,本当の母と暮らすチャンスなのではないか。


夢をもって
なりたい自分に向かって
生き生きと輝いていてほしい。。。

ただそれだけの願いなのに。



心臓のところが痛くて痛くてたまらない。



家族すら。


たった4人の家族すら守れない。





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[ 2011/02/12 23:51 ] 日記 2011 | TB(0) | CM(5)
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[ 2011/02/16 02:58 ] [ 編集 ]
うーん
大人の都合にふりまわされる子ども。

それでも、お母さんの事を思うタエレアン。最高に強くて優しい子ですね。

どんな結果になっても、あなたと過ごした時間はかけがえのない宝物になるはず。

毎日を大切に楽しんでください。
[ 2011/02/17 22:46 ] [ 編集 ]
子供の問題って、、、
難しいですよね。
私も実習では学童保育、児童相談所、保育所などをまわりました。
児童相談所は私個人としては老人の施設よりもきつかったです。
なぜかというと、子供の将来は無限でかつ重たいからです。
どうゆう人生を歩んでいくのか、この関わりがこの子の人生を左右するのか
と思うと、責任感で気が重くなりました。
でも、子供の支援は本当に本当に大切なこと。
なくてはならいもの、人間としての義務ですらあると感じます。
応援しています。頑張ってください。
[ 2011/02/19 01:27 ] [ 編集 ]
千草さんが心配です。
タエレアンの成長をもう少し待ってくれたら良いのに。
タエレアンに選択させるのも酷な事です。
千草さんの悩みが分かります。
でも、何もできない自分が情けない。
手助けできる事がありますか?
[ 2011/02/19 21:55 ] [ 編集 ]
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[ 2011/03/01 17:05 ] [ 編集 ]
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