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22 Feb. 2008 (Fri.)

日本の大学生約30名のスタディーツアー。
今夜は夕食会に呼ばれた。
半年前からシェムの教員養成校に派遣されてるJOCVと一緒に出席。

学生たちの熱心さには驚いた。
分野は色々であるが,国際協力や教育関係について学んでいる学生が多い。
現職教員のスタディーツアーと違って,どんどん質問が出る。
私が何か一言発するたびに,一斉にメモを取る。…。

2時間半,とにかくしゃべった。
同じテーブルの8人からず~っと質問攻め。
「すみません!どうぞ食べてください!!」な~んて言いながら次の質問。
むこうのテーブルは美味しそうに食事を堪能している。
ふぇ~ん。
ホテルでのご馳走。
クメール料理以外のものを食べるのが久しぶり。
屋台とは違ってお皿もスプーンも汚れていない。
虫も入っていない。
グラタンもワインもケーキもあったのに…。
しゃべりっぱなしでほとんど手つかず状態。
おごりだったのに…。あ~あ。

帰りのモトはぐったり。
なんでこんなに疲れたんだろ??

日本語でこんなに真剣にモノを考えたのが久しぶりだった。
表現力の衰えか。
何か言うたびに一文字目がクメール語。
「サッ…子どもたちは~」とか,
「オップ…教育の~」とか,
「チョ…歌を~」とかとか。
相槌すら考えてから音を発する。

話していて,改めて思った。
カンボジアの教育についての質問。
子どもたちの学力。
教員の質。
教育の質…。

全ては彼ら個人の責任ではない。

上からの命令は絶対。
というカンボジア社会。
正しいとか,間違っているとか。
そんな判断なんか求められることはない。
というか選択の余地がない。
自由な発想なんてあり得ない。
個人の考えというものは全く尊重されない。

これが先生方にも染み付いている。
だから,「好きなようにしていいよ」なんて突然言われたら…
何をどうしていいのか,さっぱりという感じだ。

音楽授業を開始した際。
一つの例として配布した指導案を授業中に読み上げてしまうのも…ムリはない。

いつか,こんなこともあった。
教育省から『グループ学習をせよ』との命令が下りてくる。
内容についての説明も研修も何もなく,ただこの命令だけがくる。
先生方は『グループ学習』というものを知らない。
「よくわかんないけど,グループで勉強させなくちゃ。」となる。
なんの気なしに覗いた算数の授業。
担任が「これを解きなさい」と各グループに一枚の紙を渡す。
そこには分数の割り算の問題が一問。
一人の子が一生懸命計算する。
残りの7人はそれを見ている。
当然,問題をさかさまに見ることになる。
私だって分数の割り算をさかさまで計算することはできない。
この計算をグループ学習で行う意味は何なのか。
教師にそんな発想はない。
とりあえず,グループで何かやらせなくちゃいけない。
教師側にはそれしかない。

日本での教員時代。
子どもたちに一番つけたかった力。
自分で考えること。
与えられて とか,やらされて とかじゃなく。
自分で考えて,選び,進んでいってほしい。

ここでも同じだ。
どんなふうに生きたいか。
自分たちの国をどんな国にしたいか。
そのためにすべきことは何なのか。
一人ひとりが考えていかなければ…
カンボジアは,汚職と腐敗だらけの政府に飲み込まれてしまう。

自分で考えるという力を。
先生方にも子どもたちにも持ってほしい。

このスタディーツアー。
明日は地方の小学校の視察が入っているらしい。
通訳を頼まれ同行することに。
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[ 2010/07/08 20:23 ] 日記 2008 | TB(0) | CM(0)
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