2011年のできごと その4 … 家族編


- - 『ちぃかぞく』 の日曜日- -

日曜の朝は 7:00 起床。
たまぁに私だけ 8:00 まで寝かせてもらう。
朝食後,全員で家事。
チビたちは掃き掃除拭き掃除。
クーとペアはあちこちの修繕と屋上の家庭菜園の手入れ。
マーリと私は台所回り。

仕事が入っているときは朝から学校だが,大抵は午後から。
子どもたちも自分の勉強道具と遊び道具を持って一緒に学校へ。

仕事をしている間にみんなが車を洗ってくれる。

車・・・・・・・・・・
まさか自分がカンボジアで車に乗れるなんて…思ってもいなかった。
これは今年,環商事の社長,古谷野さんから贈られた我が家の家宝。
バイクに6人乗りしている私を見て,「何かあったら大変だ」 と。
嬉しさに涙が出た。
バイクに子どもを乗せて走るときの,ものすごい緊張感。
あっちからもこっちからも・・・
人,自転車,車,バイクが飛び出してくるカンボジアの交通事情。
ちゃんと右側を走っているのに,常に正面から対向車が来る。
「ちょっとでも気を抜いたら全員死ぬ」
いつもいつも,そう自分に言い聞かせて走っていた。
この緊張感から解放される。
腕の筋肉痛からも解放される。

そして,貧困家庭へのお米配達。
バイクだと股の間に乗せて,せいぜい一回30㎏が限界。
何度も何度も運ばなくてはいけなかった。
車だと一回で何件も回れる。

バイク生活は今まで超普通になっていたことだったが。
車をいただき,そのありがたさが身に染みまくる毎日。

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洗車が終わったら子どもたちはまず遊ぶ。
その後,みんな1時間の学習タイム。
そしてまた,遊んで遊んで遊びまくる。

時々,ごく稀にだけども,みんなでちょこっと遊びに行く。


● 5月,夕飯がてらアンコールワットへピクニック。

生まれて初めてアンコール・ワットを見たというチビたち。
こんなに近くに住んでいるのに。。。
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● 6月,西バライ(大きなため池)へ海水浴♪

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みんなとにかく死に物狂いで遊びまくっていた。
初めて泳ぐペイとセイン。
セインは師匠のクーに続いて野生と化した。
ペイはビビり。浅いところで水遊び。

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お昼ご飯はおにぎり持参。
屋台でいろんな鳥とカエルの炭火焼きを購入♪

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「まだ帰りたくない…。」
子どもらしい訴えに嬉しくなる。
「また来ようね!」
帰りの車は全員爆睡。


● 6月,マーリとクーは初めての海外。
環商事社長古谷野さんからの日本へのご招待。
2人は夢のような時間を過ごした。

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ライオンズクラブの大会で講演をする機会をいただき,
素晴らしい料理と素晴らしいホテルで一泊。
子どもたちは目が点・・・。

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初めての飛行機。
初めての日本。
学校に行き,日本の友達と出会い,別れに涙を流した。
動物園も水族館も遊園地も。
美容室体験,陶芸体験,電車体験。
ホームスティで日本の家族に触れ。
見るもの全てに驚き。
たくさんの人たちの愛に包まれ,素晴らしい滞在となったようだ。
古谷野さん,ご家族の皆さま,会社の皆さまに心から心から感謝申し上げます。
また,芦別での滞在は金子金物店さんが私たち3人に別荘を貸してくださいました。
そして,子どもたちを温かく迎えてくださったみなさま,本当にありがとうございました!


● 7月,日本から来たお客さんとトンレサップクルーズ。

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この日は一時預かっていた2人の子も一緒。
初めての船に感動したり,ビビったり,寒がったり。。。


● 8月,9月,洪水中はお家でお絵かきに夢中。

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● 10月,ひたすら洪水。

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ふりかえってみて,改めて思う。

この子たちの笑顔が大好き。


この子たちに出逢えた2011年に感謝。



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今年もまた,日本の多くの皆さまに励まされてきました。
カンボジアにいる私たちのことを,
まるで,自分のことのように考え温かく見守ってくださったみなさま,
心より感謝申し上げます!

2011年,たくさんの素敵な人たちに出逢えたことに,
そして,変わらぬ応援を続けてくださったみなさまへ・・・
お~くんとむとむ!!


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[ 2011/12/31 01:00 ] 日記 2011 | TB(0) | CM(8)

2011年のできごと その3 … 家族編


- - 『ちぃかぞく』 の日常 - -

我が家の1日は朝 5:00 に始まる。
まだ暗い中,目覚まし時計との激しいバトルを終えて。
半寝状態で朝食を作る。
子どもたちが起きてきて,ようやく目が覚める。

シャワールームと一緒になっているトイレは大渋滞。
毎日3時間程度の断水はふつうだけれど。
朝からの断水だとけっこうきつい。

みんなが朝ごはんを食べている間に自分の身支度。
その後マッカラーの髪を結い,男の子たちは食事の後片付け。
クーが食器を洗い,
ペイが洗った食器を拭いて片付け,
ペアがお昼用のお米を炊き,
セインが食卓の下の床を履いて拭く。

登校時間までの30分程度は全員で 『朝の学習』。

そして6:30 全員学校へ出発。
マーリの中学校は午後の部の授業なので朝は塾へ。
私と5人の小学生はワット・ボーへ。

校門をくぐり,「いってきま~す!」
子どもたちはそれぞれの教室へ散っていく。

11:00 の下校時間。
5人の子どもたちは校長室の前に集合。
大抵は一緒に帰れない。
昼休みの間に少しでも仕事を片付けなければ,寝る時間がなくなる。
子どもたちだけそろって帰宅し,自分たちで食事の用意をする。

マーリが中心になり。
ニンニクをきざむ人,
野菜を洗う人,
野菜を切る人,
調味料を用意する人,
炒める人,
食器を並べる人,
などなど。
全員協力体制で昼食が作られる。

12:45。
マーリは中学校へ。
クーとペアは音楽隊の授業へ。
マッカラーとセインとペイは1時間だけ塾に行き,
その後は家での 『午後の日課』 をこなす。
13:00~14:00 …塾。
14:00~14:30 …家のお仕事。
14:30~15:30 …お勉強。
15:30~17:00 …遊びの時間。

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「時間で動く」 というのは子どもたちにとって相当難しい。
理由1: 最初はだれも時計が読めなかった。
理由2: これまで規律ある生活というものを誰も送ったことがなかった。

本能で動く・・・。
遊びたいときに遊び,寝たいときに寝る。
やりたいことはやる,やりたくないことはやらない。

これは,うち子たちに限ったことではない。
カンボジアの一般家庭的に,家庭教育・しつけというものがあまり行われていない。

たとえば。
「仕事がない」という大人たちも。
お金がなくなったら働きに行く。という人が多い。
洗濯は服が臭くなってから。
大人も子どもも,暑い時間は働かない。
寝たい時に寝る。という人が圧倒的に多い。
時計を気にしてあくせく動く人はいない。

そののんびりしたところがいいところでもあるのだが…。
学校でも,休み時間に思いっきり遊んで,授業が始まったら一斉にトイレに行く。
先生自身もそうだから,もちろん子どもたちに指導などしていなかった。
最近になってようやく,「トイレは休み時間に」 と指導してくれる先生が出てくるようになった。

午後の子どもたちだけの時間。
どうしても,「仕事の時間」 「勉強の時間」 も 「遊びの時間」 となってしまう。
そして毎日小さなトラブルも続いていた。
ケンカの原因は9割がセインだった。

人間は動物とは違う。
今,自分が何をしたいかではなく,何をすべきか。
自分がどうしたいかではなく,他人のためにどうするべきか。
自分の想いだけじゃなく,他人のことを思いやる。
人間はそれを考える力を持っている。

毎日毎日繰り返し話す。

叱られると,まずは言い訳と小さなウソを並べた。
それは一切受け付けなかった。
間違えてたと思ったらまずごめんなさい。
次に,なぜこのようなことになったのか,
そして今後どうするか。
それを相手に伝える。
という,ごく簡単な謝るときのルールについても繰り返し話した。

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午後は,授業と仕事の合間に子どもたちの様子を見にちょこちょこ家に帰る。

18:00 急いで帰宅。
そして洗濯機を回しながら超特急で晩御飯の用意。
子どもたちが手伝ってくれるのであっという間。

屋上の家庭菜園で育てている空芯菜は子どもたちの大好物。
カエルも子どもたちの大好物・・・。
時々男の子たちが捕まえてきてくれる。
調理は野生の大様,クーにお任せする。
美味しいカエルのから揚げが食卓に並ぶ・・・。
家の前の木になっているミエン(龍眼)の実。
これもクー猿が採ってきてくれるので,おいしいデザートになる。

IMG_4839.jpg IMG_4841.jpg IMG_1789.jpg IMG_5258.jpg 


18:30~19:00 「い~た~だ~き~ますッ!」 とみんなで手を合わせる。
夕食は,それぞれの一日の報告で会話が盛り上がる。
お話好きなセインとペアが会話の中心。
2人の小話にみんな大爆笑。
その間にクーは,大皿に3~4杯のご飯をおかわりする。
マーリとペアは2~3杯。
チビ3人も2杯は食べる。
学校では一切買い食いさせない。
おやつはなし。
なので,かなりのすきっ腹である。
お米は一週間で10キロ以上消費する・・・。

20:00 には片付けと水浴び歯磨きを全員終え。
家族会議とお楽しみのひと時。
絵本を読んだり,遊んだり。
そして,ピアノの前に,それぞれピアニカやリコーダー,太鼓,タンバリンを持って集合し,
みんなで2~3曲盛り上がる。

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 (↑ ある日の家族会議。
 議題はクーの授業中の居眠りについて。
 対策法は写真のようにまとまった。)


20:30 消灯。
「もっと遊びたい~」 と,蚊帳に入ってからも駄々をこねる。
が,10分後には全員爆睡している。

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その後はマーリと2人でおしゃべり。

21:00頃,再び学校へ,もしくはネットカフェへ。
1:00くらい,仕事をたっぷり残したまま帰宅。
水浴びをして目が覚めるので,勿体ないからまた仕事。
2:00~3:00 大好きなベッドに入り大爆睡。

と。
こんな感じの毎日である。


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(月1回はとこやさんデー,バリカンで4人一気に丸坊主♪♪)


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[ 2011/12/29 23:55 ] 日記 2011 | TB(0) | CM(0)

2011年のできごと その2 … 家族編


- - 2011年 4月下旬 - -

1日に何度もおかしな電話がくる。
繋がったと思ったら切れる。
もしくは無言。
いたずら?
時には電話の向こうから複数の男の声が聞こえたりした。
そしてあるとき,子どもの声が聞こえた。
「ネアッ・・・・チ・・・・」 とかろうじて聞き取れた。
ネアックルー・チィ。
ワット・ボー小の子どもか。
声が遠くて全然聞き取れない。
名前を聞いたら,かすかに
「セィ・・・・」 と聞こえた。

いやな予感がしていた。


その電話の数日後,今度は大人の女性から電話があった。
「セインの母です。」

セイン……ピッセイン!!
約1年前,虐待を受けて家出をしてきた子。
当時,さまざまな問題はあったが,
最終的に実の母親と暮らすことになり,
コンポンチャムへ引っ越していった。  →   (10 July. 2010)
                           (11 July. 2010)
                           (12 July. 2010 前編)
                           (12 July. 2010 後編)

その母親からの電話だった。
「セインがネアックルー・チィと暮らしたいって…
ここのところずっと言っていて。今から連れて行きますから。」
「今どこですか?」
「バスの中です。半分以上は来たから,あと2時間くらいで着きます。」
・・・。
どういうことだ?

去年,セインとの別れ際,こっそり私の写真を渡した。
辛いことがあったらいつでも連絡しなさいと。
写真の裏に電話番号を書いておいた。
ここ数日のおかしな電話…やっぱりセインだったんだ。
何かあったのか。


待つこと3時間。
相変わらずきれいに着飾った母と兄のピッサイが手をつないで校長室に入ってきた。
後ろで下を向いたまま突っ立っている少年。
これがセイン !?
目を疑った。
金髪になった髪の毛。
どよんとした目つき。
以前の面影がない。
たったの1年足らずでここまで変わるものだろうか…。

「セイン!よく来たね!元気だった?」
そう言って抱きしめると,少しだけ目を上げた。
「どうしたの?何かあった?」
「ネアックルーと暮らしたい。」
「え・・・?」
母親の顔を見た。
鋭い目でセインを睨んでいる母親。
「この子はネアックルーにあげます。
全然言うことも聞かないし,手に負えないので。
こんなに悪い子ども,育てられない。
多分頭が少しヘンなんですよ,この子。」

「セイン,コンポンチャムに行ってから何かあったの?」
「ネアックルーと暮らしたい。」
何を聞いても無表情でそう答えるだけだ。

「私はこの子を愛していません。顔を見るのも耐えられない。」
セインの目の前でこの発言。
ひっぱたいてやりたかったが,かろうじて理性が勝った。

その間,兄のピッサイは,これまたセインの目の前で母親にべったりと甘えている。
自分も見放されないようにと,必死で母の機嫌をとっているのだろうか。
母親はピッサイを撫で回す。
見るに堪えない光景。
母親を校長先生に任せて,私はセインを校長室の外へ連れ出した。

1年前,最初のときの状態だ。
セインは完全に心を閉ざしていた。

手を握ろうとして気づいた。
セインの左手,きつく握りしめている一切れの紙。
見てみると…電話番号を書いた私の写真だった。

ずっと持っていたんだ。
助けを待っていたんだ。
それなのに私は・・・。

「セイン,何があった?」
しばらくは無言でうつむいていたが。
「お母さんがいじめる。」
そう,ぽつりぽつりと話し始めた。
かなり時間がかかったけれど,大体,以下のようなことがわかった。

シェムリアップを離れ,母に引き取られてコンポンチャムに行った。
そこでは,母親の新しい男と,その男との幼い子どもが1人待っていた。
この状況は,1年前に母親が話していたのとは全く違っていた。

母と一緒に暮らしたのは最初の3日間程度だった。
セインだけが近くに住む祖母の家に追いやられた。
時々家に帰ると怒鳴られ,ときには殴られた。
この1年間,学校には通っていなかった。
母親は兄だけに制服を買い与えたのだった。
日々,近所に住む飲んだくれの男たちと過ごすようになった。
唯一セインをかまってくれる人たちだった。
時には酒を飲まされた。
汚い言葉をたくさん教えられた。
セインの髪を染めたのもこの男たち。
ここ数日間のおかしな電話。
彼らの電話を借りてかけてきたのだった。

「もう絶対にあそこには戻りたくない」

1年前。
母親と手をつないで。
嬉しそうに手を振っていたセインの姿が思い出される。
心臓のところがズキズキと痛み,吐き気がしてきた。

あの時,母親のウソに気付けなかった…。
あの時,母親に引き渡さなければ…セインをさらに苦しめずにすんだかもしれない。


迷いはなかった。
すぐに書類を作成することにした。
「チィがセインを引き取る。母親は2度とセインの前に現れない。」
そう約束してもらうという旨を校長先生が告げる。
文字の読めない彼女に文書を読んで聞かせる。
母親は明るい表情になってサインした。
校長先生が見届けてハンコを押す。
そして,母親はさっさと立ち上がる。
「お母さんは行くからね。」
セインの背中を軽く叩いて一言そう言っただけだった。
セインは無表情のままだった。

ちょうど授業が終わって,我が家の他の子どもたちが校長室の前に集まってきた。
「もう少しで一緒に帰れるから,ちょっとボールで遊んで待ってて。」
「わーい!」
子どもたちが一目散に校庭に駆けていく。
クーとマッカラーを引き留めた。

「クー,覚えてる?」
セインと会わせる。

「わぁッ!セインだ!!!」
とびっきりの笑顔でクーが叫んだ。

「セイン,このお兄ちゃん覚えてる?」
「クーおにいちゃん…」

「マッカラー,この子,セインっていうの。ボール遊びに混ぜてあげて?」
「はーい!行こう,セイン。」
マッカラーが,腕組みをして突っ立っているセインを引っ張って外へ連れ出した。

クーに事情を話す。
驚きと悲しみの混ざった複雑な表情のクー。
じっと話を聞いていた。
「家族の大事なこと,先に相談せずに決めちゃってごめん。」
「当然だよ。問題ないよ!」
「家に帰ったらちゃんとみんなに説明するから…。」
「ぼく,セイン好きだし。今度は一緒に暮らせるんだから嬉しいよ!」

クーの太陽みたいな明るさと温かさに癒され。
母親への怒りでドロドロしてた心が軽くなった。

子どもたちの遊ぶ姿を遠くから見る。
セインは腕組みをして,無表情のまま。
ボールが転がってきても身動き一つしない。
それでも,他の子どもたちは
「ほら!セイン投げてよ!」 などと明るく声をかけている。

まだ7才なのに…。
セインの心の傷の深さは計り知れない。


私に何ができるかなんてわからない。
子育てになんて全く自信がない。
セインにとって,もっと幸せになれる道があるのかもしれないけれど…。


たとえ何もできなくても。
愛だけは,いっぱいいっぱい注ぎたい。

セインに笑顔が戻ることを。
人を信じて愛せるように。
苦しみを乗り越えて,夢をもって。
なりたい自分に向かって歩いていけるように。

昨年の別れのときも同じことを願った。

過去はもういい。
今がスタート。

ちぃ家族を基地にして。
みんな,安心して。
ただ,おもいっきり笑ってほしい。

そう思った。


こうして4月下旬, 『ちぃ家族』 は7人になった。


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[ 2011/12/27 23:00 ] 日記 2011 | TB(0) | CM(3)

2011年のできごと その1 … 家族編


もう少しで2011年が終わる…。

何が何だかわからないうちに1年が過ぎてしまった感じ。
そういえば,2月にタエレアンが我が家を去ってから。
全然日記が書けなくなってしまった。

年があけちゃう前に。
この1年の大きな出来事を書いておかなくっちゃ。
あっという間に過ぎた怒涛の日々と自分の心をちゃんと整理しよう。


- - 2011年4月中旬 - -

3人だった 『ちぃ家族』 は一気に6人になった。
里親会の就学支援対象にしていたプー兄弟3人だったが。
里親はまだ見つかっていなかった。

1年生のペイ,6才,男の子。
2年生のマッカラー,8才,女の子。
4年生のペア,10才,男の子。

家庭訪問に行くと,いつも素っ裸の3人。
身体は年齢に対して極端に小さい。
年齢は確かではない。
出生証明書は最近になって適当に作られたらしい。
でも身体が小さいのは,年齢が間違っているとかそういう問題だけではない。
骨と皮しかないその腕を見れば,栄養が足りていないことは明らかだった。

両親はいない。
73才のおばあちゃんと暮らしていた。

おばあちゃんは素敵な人だ。
「孫たちを立派に育てたい。」
その一心で必死に食糧を集める。
年老いた小さな体を酷使し,道端や空き地にはえている草を採ってくる。
自分たちが食べる分を少量確保し,残ったら歩き売り販売。
売る草がないときには町に出て物乞いをすることも。
3人の子どもたちは廃品回収の仕事。
小さな体に大きな米袋を担いで,炎天下,町の中を歩き回る。
そして,僅かなみんなの稼ぎで少量のお米を買う。


4月,一時帰国から戻り,久しぶりのプー家の家庭訪問。
おばあちゃんは体調を崩していた。
最近よくあることなのだが,今回は2週間も寝込んでいるらしい。
子どもたちに聞いてみた。
「毎日何を食べていた?」
「塩とお粥。」 マッカラーが答える。
「毎日?」
「うん。」
「1日何回?」
「1回。」
・・・。
「お腹すいてるでしょ?」
「いつもね,ぐぅ~~~~ってね,お~~っきなおとがするの。」
ペイがお腹を押さえ,頭をかしげながら答える。
ペイのあどけない話し方にペアとマッカラーが笑った。
が,私は少しも笑えなかった。

「もう体力がない・・・。」
なんとか起き上がって,おばあちゃんが言う。

「しつけどころか,子どもたちに食べるものも与えられない。
 なんて不幸な子どもたち・・・。
 ネアックルー,あの子たちには未来があるのだろうか?」

「大丈夫。おばあちゃんの愛があるからね。しっかり育ってるよ。
 それよりも,いっぱい食べて,早く元気にならないと!」

私にはそんなことしか言えなかった。

その日,とりあえず食料を買って置いてきた。
が・・・。
どうしたらいい?
毎日食料を届けに行くわけにはいかない。
貧困層の家庭ばかりが集まった集落。
1家庭だけ支援するのは難しい。
かといって,全家庭なんてとっても無理だ。


数日後,おばあちゃんが学校にやってきた。
そして,私の手を強く握って話し出した。

「ネアックルー,3人の孫を引き取ってくれないだろうか。」

目にいっぱい涙をためながら,でも,しっかりした口調で。

「私にはもうあの子たちを育てられない。
 いつ死ぬかもわからない,食事もろくに摂らせられない。
 でも,施設にだけは入れたくない。
 手放すなら,どうしてもネアックルーのところに置いてほしい。
 あの子たちにはちゃんと教育を受けさせて立派な大人になってもらいたい。」 と。

おばあちゃんの必死の想いに,胸がつぶれそうに痛かった。
どれほど深く愛しているのだろう。
どれほど苦しみ,覚悟を決めて私に会いに来たのだろう。

おばあちゃんも一緒に家に来てはどうか? という提案はあっさりと断られた。
子どもたちだけで充分だ。
自分一人だったらどうやっても食べていけるから。と。

家に帰って家族会議。
マーリとクーに相談した。

「自分たちがちゃんと面倒見るから,家に連れてきてあげて。」
と,2人は声を揃えて言った。

「ちっちゃいから可愛いってだけじゃないんだよ?
 何もかもゼロから教えなくちゃいけないんだよ?
 一気に3人だよ?
 しかも,私がいないときは2人が面倒をみることになるんだよ?」

「2年前にぼくが来たときと同じだよ。だから今度はぼくが面倒を見る番!」

「クーで慣れてるからね,任せてよ!」

2人のあったかく,心強い言葉。
心が決まった。


夕方,3人の引っ越し。
と言っても荷物はない。
学校の勉強道具が入った小さなボロボロのカバン一つ。
のみ。


夜。
ペイとマッカラーが寝て,ペアとクーとマーリと4人で話をしていた。
何の話からだったか…聞いたわけでもないのに。
ペアが両親の話を始めた。

両親のことは鮮明に覚えているらしい。
ペイがお母さんのお腹にいる頃,お父さんは自分たちを捨てて別の女のところへ行った。
そこにも子どもが何人かいて,その子たちをとてもかわいがっていた。
自分たちは少しも愛されていなかった。

ペアは怒りで声を震わせながら話す。

お母さんはペイが生まれてすぐに死んじゃった。
お父さんのせいだ。
お父さんのせいでいつも泣いていた。
苦しくて死んじゃったんだ。
これまで人に話したことはなかったけど,ずっとお父さんを恨んでいた。
これからもずっと大嫌いだ。
と。

寝床に入っても,しばらく興奮状態で話していた。
そして,大粒の涙を流しながら眠った…。


翌朝,みんなで市場に行った。
買い物リスト。
 1. 下着のパンツ2枚ずつ
 2. 服上下それぞれ2枚ずつ
 3. マッカラーの髪の毛を結うゴム
 4. 歯ブラシ
 5. バスタオル
 6. 石鹸
 7. 荷物整理用の籠3つ
 8. 食器
 9. 巨大鍋
10. 蚊帳とブランケット

市場に着いてから一つ,重要な物を忘れていることに気付いた。
ペタペタとヘンな音がする。
まさか…
3人の足元を見ると…3人とも,裸足…。
日本から送られた靴を支給してあり,学校にはいつもそれを履いてきていた。
ので気に留めていなかった。
「あの靴は学校用だから。普段ははかないの。」 と,あっけらかんと言う3人。
すぐにサンダルを購入。
安いビーチサンダルに大喜び。

とりあえずの物は揃った。
が,大変なのはその後だった。

歯磨きをしたことがなかった。
ので,歯磨きをしたらみんな血まみれ…。

下着を着たことがなかった。
ので,何度言っても服の下にパンツを履こうとしない。

せっかくスプーンをたくさん買ったのに,食事は気づけば手づかみで食べている。

髪を結うためだったゴムは木の枝に結ばれパチンコに変身。

バスタオルは使わずに自然乾燥。

水浴びは文字通り水をかけるだけ。
石鹸で洗ってあげると大はしゃぎ。

沸かした飲み水を用意してあるのに。
放っておくと,断水時用にシャワー室の桶に溜めてる水を飲む。

喜んでいたくせに,外に出るときにサンダルを履かない。
ドロドロの足で家中駆けまわる。

とかとか・・・。

野生でクーに勝てる者はいないと思っていたけれど。
ここにいた。
しかも3人。
クーがとてつもなく大人に見えた。


慌てる必要はない。
先は長い。
ゆっくり一つ一つ教えていこう。
気休めにそう何度も自分に言い聞かせた。

おばあちゃんと話したとき。
人の命を預かることの重さを,またしてもずしりと感じた。
食べさせることはできても,子育てはまるでど素人。
私なんかでいいのだろうか。
しっかり育てられるのだろうか。

でも,覚悟は決めた。

気負わずに,この子たちと過ごす日々から学ばせてもらおう。
一緒に成長すればいい。

もう,私は一人じゃない。
マーリとクーがいる。


とにかく,最初の数週間。
チビたちのとんでもない発言やとんでもない行動。
マーリとクーと私は,目が点になったり大爆笑したり。

今となっては懐かしい…。



そして,てんてこ舞いの日々の中,4月下旬。

もう一人新しい家族が増えることになった。

(長くなっちゃったので続きはまた今度)


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[ 2011/12/27 06:00 ] 日記 2011 | TB(0) | CM(6)

25 December, 2011 (Sun)

カンボジアより めりぃ~~くりすま~~~す♪♪

昨日,イヴの夜。

今年も 『ちぃサンタ家族』 が出動した。

去年はちびサンタが3人だったので4人乗りのモトサンタ。
今回はちびサンタが6人。
大荷物を抱えてモトの7人乗りはどうやっても無理。
なので,トゥクトゥクサンタになった。

ここ一週間以上もかけて,子どもたちが包装した300個のプレゼント。
そのうち100個を大きな米袋に詰めて,いざ出発。


向かった先は夜のシェムリアップの繁華街。
たくさんの子どもたちが働く場所。

屋台での調理。
小物の歩き売り。
物乞い。
空き缶やペットボトル集め。。。

同世代の働く子どもたちを見て,新米のちびサンタ4人はちょっぴり複雑な表情。

8ヵ月前まで同じような環境にあった自分たちを思い出しているのだろうか。
自分たちが生きていくことでいっぱいいっぱいだった。
「他人のために」 というゆとりのある環境ではなかったのだ。
小さいながらもそれぞれに,何か感じるものがあるようだ。

ペアが同じ年くらいのポストカード売りの少年にプレゼントを手渡す。
そして 「ちょっと待って!」 と声をかけた。
「お腹がすいたらこれ食べてね。」
そう言って自分のポケットからキャンディーを取り出した。
受け取って,その場で開けて食べる少年。

「これもあげる」 とセインが自分のキャンディーを渡した。

「わたしのも」 「ぼくのも」 と,マッカラー,ペイが続いた。

少年は突然駆け出し,すぐに大勢の仲間を引き連れて戻ってきた。
プレゼントはあっという間に売り切れてしまった。


帰りのトゥクトゥク。

「みんな喜んでよかったね!」 とセイン。

「飴玉残っちゃったね。一個つずじゃなくていっぱいあげればよかったね。」 とペア。

「今ごろ,プレゼントを開けて喜んでるかな♪」 とマッカラー。

「ぼくねぇ,たからものにしてたビー玉をこっそりプレゼントにいれといたの。
あれ,ぜったいによろこんでるとおもうんだ~。」 とペイ。

「あ~!今年も楽しかった~♪」 とマーリ。

「今年も,うちにもサンタさんが来るかな?」 とクー。

そして,「大変だ!早く寝ないと来ないんでしょ?」

我が家の消灯時間は20時半。
その時すでに22時半。

「トナカイさん!急いで!!!」 みんなが叫んだ。

「任せとけ!」 と,トゥクトゥクの運ちゃんがかっ飛ばす。

雪の上を滑らかに走るそりをイメージし。
実際は,でこぼこ道に揺られ 「ホッホホ~」 とかじゃなく 「ギャ~~!」という悲鳴。

最高に楽しいイヴだった。

トゥクトゥクさんた?_2011 トゥクトゥクさんた?_2011




そして今日は日曜日。

学校でクリスマスパーティーを開催した。

音楽隊と里親会の就学支援を受けている子どもたちの合同パーティー。
全部で150人の子どもたちを招待した。
が,当然,噂を聞いて集まってくる子どもたちがいる。
総勢223人の大イベントとなった。

ころがしドッヂボールに手つなぎ鬼,
じゃんけん大会にリーダー探しゲーム。
歌って踊って遊びまくりの3時間。


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今年のプレゼントのために,たくさんのぬいぐるみや文房具のご協力をいただきました。
心のこもったみなさんの贈り物に,子どもたちはとってもとっても喜んでいました♪
協力してくださった日本のサンタさんたち,ありがとうございました!!




そしてさらに。

今日は末っ子ペイの7才の誕生日である。
他の5人がこっそり誕生会の準備をしていた。

「お誕生日おめでと~~~~!」

自分の誕生日を知らなかったペイは,その大きな目を落っこちそうなくらい丸くした。

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チビたちにとっては 「はじめて」 のことばかり。


はじめてのクリスマス。

はじめての自分の誕生会。

はじめて人のために何かをすることの感動を知り。

はじめて人の苦しみについて考えた。


今は全部1回目。

これから全部が2回目,3回目・・・。
ずっとずっと続いていく。



たくさんの痛みと喜びを知って。

でっかいでっかい人間に成長してほしいと願う。


さんたかぞく_2011


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[ 2011/12/25 22:55 ] 日記 2011 | TB(0) | CM(2)