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25 Dec. 2009 (Wed.)

クーが来た。
田舎から乗り合いバスの屋根の上に乗って。
荷物は破れた小さなビニール袋一つ。
中にはぼろぼろのタオルが一本とバナナが1房。
バナナは母親から私へのプレゼント。


クーはマーリッの弟。
彼と初めて会ったのは9月。
デング熱にかかったとき。
まだ夜が明けきらない時間に母親から電話が入った。
「息子が死にかけている。病院に連れて行きたいが,バス代がない…」と。
高熱で意識がなくなってから2日後ということだった。
その朝すぐに乗り合いバスに乗せてもらい,午後,降り場へ迎えに行った。

ぐったりとして意識がない。
身体は燃えるように熱い。

1ヶ月の入院でなんとか回復。

無料で診てくれる外国支援による小児病院。
何度もお見舞いに行ったが。
外国人は一歩も中に入れてくれなかった。


歳は13才?
マーリッの一つ下だと言う。
あり得ない。
身体が小さい。
せいぜい8才~9才くらい。
カンボジア人は占いによって誕生日を変えてしまったりする。
そのせいか?
それとも栄養不足のせいか??
真相は親に聞いても分からない。
うちに来たばかりの頃のマーリッとおんなじ。
骨と皮しかない。

以前マーリッから聞いていた話。

先生がいないため3年生までしかない小学校。
クーは3年生を3回目やっているという。
読み書きはゼロ。
数字も読めない。
一日中仕事をしている。
牛追いは彼に任されている。
薪拾い,水汲み,畑仕事,食材のための虫や動物捕り,その他の力仕事…
学校にはほとんど行っていない。
「頭が悪いんだから働け」と親に言われている。
3ヶ月に一度,軍隊の仕事から帰ってくる父親にはしょっちゅう殴られる。

らしい。

田舎に帰る前,クーと話をした。
初めての都会。
挙動不審の彼。
知らないヒトと話すのも初めて。
田舎のなまりと日本人のなまりとで,私とは全然会話にならない。

別れ際。
「ねえちゃんはいいなぁ…」
マーリッにそう言った。らしい。

マーリッと相談した。
クーにも教育を受けさせたい。
休みにマーリッが実家へ。
彼女から母親に頼み込んだ。
クーを自分と同じようにワット・ボー小学校に通わせたい。と。
「働き手がいなくなる。」
母親はそう言って聞く耳をもたなかったらしいが。

考え直したのか。
一昨日,電話があった。
「クーも学校に通わせたい。マーリッと一緒に面倒をみてくれないか。」
という内容だった。


そして今日。
クーがやってきた。

久しぶりに明るいうちに帰宅。
みんなでおしゃべりをしながらお腹いっぱいご飯を食べる。
シャワーを浴びせる。
バスタオルで身体を拭かせる。
昼休みに買ってきた新しい下着を着せる。

彼にとっては全てが初めてのこと。
シャワーなんてものは見たことがない。
バスタオルなんて使ったことがない。
新しいきれいな下着も。

電気もガスも水道も。
家にあるもの全てに目を丸くする。
冷蔵庫で冷やした冷たいお茶。
彼は飲むことができなかった。

私が今日一番驚いたのは,食事。
醤油とチリソースに感激していた。
そしてお皿に盛ったご飯に醤油をかけたかと思うと…
無言でぺろりと一皿たいらげた。

その日は気合いを入れてクマエのスープを作ったのだが。
口に合わないのか??
二杯目のご飯にも醤油をかけようとした。
「ソムロー・マッチュー・ジュオンは嫌いなの?」
そっと聞いてみた。
大きな目をさらに大きくして私を見,スープを見た。
首を横に振った。
「一口食べてみてよ。」
恐る恐る口に運ぶ。
「食べれそう?」
首を縦に振った。
その後スープでご飯を2杯食べた。


さっき,こっそりマーリッに聞いてみた。
なぜスープを食べようとしなかったのか。
マーリッも首をかしげた。
そして笑いながら言った。

「多分…実家のスープには具がほとんど入っていないから…
きっとカンボジア料理だと思わなかったんじゃないかな…?
それに,クーは醤油が大好きだけど,うちにはお正月しかないから…」

そうか。
そういうことならちょっと安心。


夜7時半。

「明日は一緒に学校に行こうね。」
「バー。」
「シヴォン先生というとっても優しい先生のクラスだよ。」
「バー。」
「ワット・ボー小学校はとっても大きな学校なんだよ。」
「バー…。」
「きっと友達が山ほどできるよ。」
「バー……」

いつの間にか眠ってしまった。

へとへとに疲れているに違いない。
乗り合いバスに乗って一人で都会に出る大冒険。
一日中緊張しっぱなし。
何もかもが今までとは違う環境。
へたくそなクメール語を話す日本人。

クーとは全然会話になっていない。
マーリッともソッパルとも話さない。
まだ彼の笑顔を見ていない。


ゆっくり時間をかけていこう。

彼が安心して暮らせるようにしたい。

他の子どもたちのように,キラキラと輝く笑顔が見たい。


人の命を預かることの重み。
人を育てることの責任。

お金もないし,母の経験もないし。
なんにもないただの一人の私だから。
しあわせにできる自信なんてない。
だけど,あいだけはいっぱい注ぎたい。
一人の人間として全力で向き合っていきたい。



今,クーが私の部屋の床に寝ている。
ベッドに寝たことがない。
床の方がいい。と言う。

寝顔が最高にかわいい。
今日プレゼントした新しい通学用カバンを握り締めたまま。

どんな夢をみてるのかな。


今夜は私も一緒に床に寝よう。


今日から家族は4人と1匹。
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[ 2010/07/13 23:51 ] 日記 2009 | TB(0) | CM(0)

24 Dec. 2009 (Thu.)

クリスマス・イヴ。
私にもカンボジア人にも宗教的には関係ないが。
子どもたちのお楽しみの日。

昨年は弟とサンタに変身した。
モトがソリ,米袋がサンタの袋。
その袋にいっぱいのプレゼントを詰め込んで。
雪の上を走っていることをイメージしながら,汗だくで町へ繰り出した。

今年はサンタが3人。
マーリッと,先月から一緒に住むことになったソッパルと。

「あ!サンタがモトに乗ってる!!」
「サンタが3人乗りしてる!」
「サンタっておじさんじゃないの?女と子どものサンタだって~!」
「あのサンタ,ねあっくる~ちぃじゃない?!」
などなど。
冷やかされながら,プレゼントの配達。

夜のプサー・チャ。
物乞いや働く子どもたちがたくさんいる。
いつもはお金や物をあげたりしないが。
サンタだからということで,気兼ねなくプレゼントを配った。

「みんなに見られて恥ずかしいよ…」
と,怖気づいていたソッパル。
「こんなに文房具やおやつを買ったら…お金が…」
と,家計を心配していたマーリッ。
大喜びの小さな子どもたちの笑顔に,2人が夢中でプレゼントを渡す。
「ネアックルー,来年もやろう!!」

帰りのモト。
空になった米袋を抱え,みんな大満足。

帰ってからもかなりの興奮状態。
子どもたちはなかなか寝付かない。

夜中の1時。
2人が眠ったことをしっかり確認。
こっそり枕元にプレゼントとメッセージを置く。
明日の朝はどんなに大喜びするだろう。
そう思ったらにやけ顔が元に戻らない。
わくわくして眠れない。

自分の子ども時代。
両親もこんなしあわせな気持ちでサンタになったのかな?


あ。
今日から新しい家族が。
『ぽにょ』

夕方,音楽室の前。
震えていた生まれたばかりのあかちゃんネコ。
ネコまでは養えんッ!
と思って,見ない振りをすることにした。
「立派な野良猫になるんだよ!」
そう言って別れた。
が…。
カリカリのやせっぽっち…。
「みゃ~~」
と,かわいい顔で私を見つめる…。

あ゛~~~~~ッッ!!!
もうッ!!!

えい!と引き返す。
サンタさんからのプレゼント。
とうことにしよう。

ネコを抱いて帰った私を見て,2人は大歓声!
家族会議によって『ぽにょ』と命名された。
この間見せた 『崖の上のぽにょ』。
子どもたちお気に入りのDVD。

今日から家族は3人と1匹。


2009_12_24_ぽにょ_IMG_1843

[ 2010/07/13 23:49 ] 日記 2009 | TB(0) | CM(0)

26 April. 2009(Sun.)

23時,予定より30分ほど遅れてシェムリアップ空港に到着。
飛行機を降り,熱風とカンボジアのにおいで帰ってきたことを実感。

空港到着出口の前は100名以上のすごい人だかりができていた。
こんな時間でもモトの運ちゃんがこんなにいるの??
不思議に思いながら出口へと進む。
と,人だかりから歓声がおこった。
「ちい~ッッ!!!!!」
あ,一番前にいるのは校長先生!?
飛び跳ねて手を振っているのはシヴォン先生!?

これは…この人だかりは…ワット・ボー小学校の先生方だ!!
荷物を放り投げて猛ダッシュ!
あっという間にもみくちゃにされた。

力いっぱい抱きしめてくれるみんなの腕から「お帰りなさい」が伝わってきた。
おばちゃん先生たちは涙でぐちゃぐちゃになっている。

最初に遠くに見えたはずの校長先生の姿がない。
「校長先生は??」
そう言うとみんなが微笑みながら指差して道を開けてくれた。
校長先生は隅っこに立って後ろを向いていた。
眼鏡をはずして目をこすっている。
「先生,ただいま!」
いつものとびっきりの笑顔でふりかえった。
「ちい,お帰り。本当に本当に帰ってきてくれたんだね。」
そう言っておもいっきり握手した。

帰ってきてよかった。
こんなにもみんなが待っていてくれる。
そのことを全身いっぱいに感じることができる。

協力隊の任期終了前にもらった最高のプレゼント。
『戻ってきてほしい』 という嘆願書。
それは,先生方,保護者をはじめ,地域の人たち一万人を越える署名であった。

もっともっとここでやりたいことがある。
まだまだ自分にできることがあるかもしれない。
カンボジアのみんなと同じ目標に向かってともに歩んでいきたい。

迷いは全くなかった。


翌朝,久しぶりのワット・ボー小学校へ出勤。
校門の前,全校生徒のお出迎え。
音楽隊の子どもたちが泣きながら歓迎の演奏をしてくれる。

3ヵ月半前,同じように涙の演奏をしてくれた。
「絶対に絶対に帰ってきて!」
子どもたち一人ひとりから涙のメッセージをもらった。
声にならない言葉で,必死で思いを伝えようとしていた姿を思い出す。

今日も涙だけど。

笑顔があふれるしあわせの涙。

全校児童一人ひとりから一本ずつお花が渡された。
あっという間に持ちきれなくなって先生方に手伝ってもらう。

いっぱいのしあわせを感じる。

こんなにも人にあいされてるって思えること。
それ以上に。
こんなにも人がすきって思えること。


日本での3ヶ月半。
また,かけがえのない新しい出逢いがいっぱいあった。
尊敬する人たちにたくさんのことを学んだ。
いつも陰で支えてくれる仲間たち。
こんな私を応援してくれる素敵な人たち。


わたしにできることなんて…
ほんっと~にちっぽけだけれど。


今は,自分の全てを懸けてここで生きよう。
[ 2010/07/12 23:45 ] 日記 2009 | TB(0) | CM(0)

4 Jan. 2009 (Sun.)

日曜日。
今日が修羅場。
片付けと荷作りを今日で何とかしなければ…。

朝。
校長先生家族が食事に呼んでくれる。
「私たちはちいのカンボジアの兄姉だからね。」
来たばかりの頃,そう言ってくれる2人の温かさがどんなに嬉しかったか…。


午後。
さぁ,勝負!

お別れのカード作りだけは今日中に終わらせて帰りたかったが。
仕事中,バランの兄ヴィアィッから何度も電話が来る。
「今日も家に来てくれるんでしょう?」
「何時に帰ってくるの?」
「まだ帰ってこないの?」
「仕事手伝おうか?」
「ネアックルー,早く来てよ!」

ここ1週間,毎日2~3回バランの家に顔を出していた。
顔を出さないのが初めてだから,ただ催促しているだけかと思っていた。

20時半,10回目くらいの電話が鳴る。

「今夜はまだ仕事が終わらないから…今日は行けないかな。ごめんね。」
「…。 みんなで…ご飯作って待ってたんだ…。」
!!??

作業場にしていた校長室をぶっ散らかしたまま,超特急で帰る。

バラン家に着いて…言葉が出なかった。
崩れそうな板とヤシの葉で作られた長屋。
その前にはパーティー会場ができあがっていた。

モトから降りると歓声がおこって10人ほどの子どもたちに取り囲まれた。
「ネアックルーのお別れ会なの。」
「5時からみんなで準備をして待ってたんだよ。」

ガタガタの台の上に穴だらけのテーブルクロス。
洗濯物干しのロープに飾られた風船。
足の折れた椅子たち。
そして,テーブルの真ん中には大皿にきれいに料理が盛り付けられていた。

料理はロック・ラック ― 牛肉炒め。
数切れしか入っていない肉をみんな私のお皿に入れようとする。
こんなにおいしいロック・ラックは他にはない。
こんな素敵なパーティー会場を見たことがない。

「ネアックルー,ご飯が少ししかないときはお水をいっぱい飲みながら食べるといいよ。
そうしたらすぐにお腹いっぱいになるから。」
笑顔でそんなことを教えてくれる。

日々の彼らの食生活。

10合ほどの米を嬉しそうに見せて
「これで10日は大丈夫だ。」と言っていたことがあった。
大抵は5~10人で食事をしている。

「おかずが足りなくならないようにするには塩をたくさん入れるのがいいんだ。」
そんなことを言いながら,ちょっぴりしかない小魚のから揚げを分けてくれたことがあった。

今日のこのご馳走を用意するのがどんなに大変だったか…。

「おいしいなぁ~…。」
という度にキャッキャという笑いが起こる。

事故の翌日。
バランにたずねた。
「ロアッタナーはいいなぁ。音楽隊に入れて。」 という言葉の意味を。

「バランも入ればいいじゃない?」
「何言ってんの,ネアックルーは。オレん家は貧乏なんだよ。」
「え?だって音楽隊はお金要らないよ?」
「でも貧乏だからムリだよ。」
「どうして?そんなの関係ないよ。入りたい人は誰でも入っていいんだよ。」
「だけど,うちはムリなんだ。ものすごい貧乏なんだ…。」
「そんなのへんだよ。貧乏だって音楽の勉強をする権利はあるんだよ。」
彼は何も答えなかった。

その日の昼,彼の家にピアニカと楽譜を持っていった。
それから,彼の家の前を通ると必ずピアニカの音が聞こえた。

一度,家に寄ったときに,彼が寝ていたことがある。
ぐっすり眠っている彼の胸の上で,しっかりとピアニカが握られていた。

昼も夜も,できる限り彼の家に寄った。
ピアニカの練習をしたり,おしゃべりしたり。
近所の子どもたちがどんどん集まってくる。
3~4才の子どもたちが絡みついてくる。
キャッキャ キャッキャ言って 私の膝の取り合いをする。
その横で,バランは嬉しそうに目を細めてピアニカの練習をする。

ときどき,バランが 「しあわせだなぁ~」と呟く。
「私もしあわせだなぁ~。」
そう言って目が合って2人で笑う。


これがしあわせってことなんだと思った。

何がってわけじゃなく。
特別なことなんてなく。
なんとなくしあわせだなぁ~って感じる瞬間。

これが永遠に続けばいいのに。


食事の後はみんなで踊った。
子どもたちも大人もおばあちゃんも。

粉を撒いて顔が真っ白。


いつもこんなふうに笑っていてほしい。


私がいなくなっても。

ずっと。

ここのみんなの笑顔だけはかわらないでほしい。
[ 2010/07/09 20:49 ] 日記 2009 | TB(0) | CM(0)

3 Jan. 2009 (Sat.)

マーリッの引越し。
とりあえずの引き取り先を確保した。
昼休み,これまで住んでいた家に向かう。

母親が田舎から出てきた。
ずっとずっと山奥から。
まだ4ヶ月の赤ちゃんを抱えて。
トラックの荷台。
でこぼこ道を揺られて4時間。
母親の腕も,マーリッとおんなじ。
骨と皮しかない。


「お母さんはマーリッを学校に通わせたいですか?」
「4月頃に私が再びここに戻ってきたら,マーリッと私が一緒に暮らすことを許してくれまか?」
「私が戻ってくるまでの3ヶ月間,マーリッの友達の家にマーリッを預けてもいいですか?」

会話にならない。
全てに 「はい」 と,一言で答える。
「どうしたいですか?」「どう思いますか?」
という質問も,答えは 「はい…」 だ。
「うちは貧乏ですから…」と,心配そうに付け加えた。

そして,ニコニコ笑顔で言う。
「この子をネアックルーにあげてもいいんですけど…」

慌ててマーリッに目をやる。
妹をあやしてるその表情は変わらなかった。
間違いなく聞こえてる。


「この家でマーリッは,とてもつらい目にあってきました。
私はすぐにここを出た方がいいと思うんです。
なので,今から引越しします。
私はお金持ちじゃないので,マーリッに贅沢はさせられませんが…
でも小学校を出るまでは彼女の生活の面倒を見させてください。」

音楽隊のライヒアンの家にマーリッを預ける。
ライヒアンの親戚というその女性は,とても温かい笑顔で迎えてくれた。

でも…追い出され,再び他人に預けられる彼女。
マーリッをおいて日本に帰る私。
心臓のところらへんが猛烈にずきずきする。

勇気を出してマーリッの顔を見た。

彼女の瞳は希望に輝いている。

マーリッは私を信じているんだ。


だめだ。
心のキャパを超えた。

寝ても覚めても,胸いっぱいに広がってるこの痛みは何なのか。

『子どもをあげる』
この言葉が許せない。

許せないけど。
誰を許せないのか。

ロアッタナーの叔母も。
バランのおばあちゃんも。

生活が苦しい。
だから子どもを手放す。
言葉で言い表せられるような。
そんな簡単なことではないはずだ。

だけど。
考えても考えてもわからない。

わからないことばかりだ。


新しい家での最初の夜。
マーリッはどんな思いでいるんだろう。
[ 2010/07/09 20:48 ] 日記 2009 | TB(0) | CM(0)


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